天城越え (松本清張)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
天城越え (小説)から転送)
移動先: 案内検索

天城越え』(あまぎごえ)は、松本清張の短編小説。1959年11月『サンデー毎日』特別号に、「天城こえ」のタイトルで掲載され(掲載時の挿絵は御正伸)、1959年12月に、単行本『黒い画集2』収録の1作として[1]光文社から刊行された。

1983年松竹で映画化、また1978年日本放送協会(NHK)で、1998年TBSでテレビドラマ化されている。

原康義による朗読CDが、2004年新潮社より発売された。

あらすじ[編集]

(旧)天城トンネル北側

三十数年昔のこと、16歳の私は、はじめて天城を越えた。私の家は下田鍛冶屋であったが、なんとかしてよその土地に出ていきたいと思っていた私は、静岡にいる兄が羨ましくてならず、6月の終わりに、かねてからの希望を決行する気になった。

天城のトンネルを通り抜けると、別な景色がひろがっていた。私は、「他国」を感じた。

湯ヶ島まで来たときには、もう夕方近くなっていた。向こうから、一人の大男が歩いてきた。一目で、他所者だと分かった。「あれは、土方だね。ああいうのは流れ者だから、気をつけなければいけない」と、呉服屋から言われた。静岡に行く元気がなくなった私は、下田に引き返す決心をした。

すると、そのとき、修善寺の方角からひとりの女が歩いてくるのが目についた。私は、その女が過ぎてから足の向きを変え、あとを歩いた。「そいじゃ、ちょうどいいわ。下田までいっしょに行きましょうね」。私は自分でも顔のあかくなるのを覚えた……。

エピソード[編集]

  • 著者は単身で東京に上京した1954年に、観光で初めて伊豆を訪れ、今井浜温泉に宿泊、翌日バスで天城峠を経由して修善寺に向かったが、この時、天城山中で、乗車していた木炭バスが故障、立ち往生した著者は、付近の山中を散策し、この経験が本作の描写に生かされることになった[2]
  • 小説内における、少年の目撃場面の描写に関して、著者は、1929年に「アカの容疑」で小倉警察署の留置所に拘留された際、同じ監房に入れられた容疑者たちが、自分の犯罪を語るのを面白く聞いていたが、その時に聞いた、年輩の婦女暴行経験者の話がヒントになっていると述べている[3]
  • 小説の時代設定は、川端康成の小説『伊豆の踊子』と同じ、1926年(大正15年)頃となっている。これに加えて、主人公の設定は同作と対照的なものとなっており[4]藤井淑禎権田萬治など、多くの論者が、当時文壇の大御所となっていた川端に対する著者の意識を本作に読み取っている[5]

映画[編集]

天城越え
Amagi Pass
監督 三村晴彦
脚本 三村晴彦
加藤泰
製作 野村芳太郎
宮島秀司
出演者 渡瀬恒彦
田中裕子
樹木希林
加藤剛
平幹二朗
音楽 菅野光亮
撮影 羽方義昌
編集 鶴田益一
配給 松竹
公開 日本の旗 1983年2月19日
上映時間 99分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

1983年2月19日公開。製作は松竹・霧プロダクション、配給は松竹。時代設定は、原作の大正から昭和15年(1940年)に変更されており、これにより、少年が大人になった後のくだりは現代(映画化時点)になっている。本映画は、脚本・監督の三村晴彦により、「母恋・純愛物語」のコンセプトを加えて描かれている。現在はDVD化されている。なお、併映作は本作と同じ松本清張の原作による『砂の器』の再編集版であった。

キャスト[編集]

田島松之丞
演 - 渡瀬恒彦 (静岡県警察本部刑事部嘱託)
(現在)
作中で起きた過去の事件『天城山の土工殺し事件』の元担当刑事。若い頃とは違いメガネをかけており、右足をケガしているのか引きずって歩いている。県警広報係長からは今でこそ嘱託だが、以前は刑事課の係長や県内の各署で司法主任を歴任するなど優秀な刑事だったと言われている。
(過去)
事件当時は、下田署の署員。ちなみに後にこの事件が自身にとって初めて扱った殺人事件にして、最初の大きなヤマと語っている。普段は穏やかな物腰だが声に凄みがあり、取り調べとなると相手が女であっても容赦せずビンタや髪をつかんで押し倒すなど乱暴である。
大塚ハナ
演 - 田中裕子
建造が14歳の頃に天城峠に行く道中で出会った女。23歳。建造と別れた後、土工の男と二人でいた所を目撃されたことから、その後起きた殺人事件の容疑者として警察に捕まる。以前まで修善寺の『にしはら』という店で女中奉公として住み込みで働いていた。魅惑的で艶のある謎めいた女性である一方、過去に仕事仲間に傷害沙汰の騒動を起こすなど激しい性格も持つ。
小野寺建造
演 - 伊藤洋一 (中学時代)、平幹二朗 (港印刷製本株式会社社長)
(現在)
小さな印刷会社の社長。田島から過去の事件である『天城山の土工殺し事件』の捜査資料のコピーを依頼されたことから、事件当時14歳だった自身の古い記憶を振り返る。
(過去)
鍛冶屋の息子。14歳。家出をしようと一人で下田から天城山を越えようとしたが、ふと怖くなって途中で断念。しかし道中で、その後起きた殺人事件の容疑がかかったハナと接触していたことから、警察に事情を訊かれる。ハナからは「兄(あに)さん」と呼ばれていた。年上のハナに憧れを抱き、彼女からもらったマッチ箱を大事に持っている。
家族は母と二人暮らしで、兄が修善寺にある印刷屋で奉公している。家出をしようとしたのも兄を頼ろうとしたためである。

建造が道中で出会った人々[編集]

大男の土工
演 - 金子研三
事件の被害者。事件発覚から数日後に遺体が発見される。
生前、建造が旅の呉服屋といる時に通りすがりに出会った。呉服屋によると流れ者の土工だろうと言われている。強面で目つきが鋭く怪し気な男で、建造も通り過ぎた後に何かされるのではとビクビクしていた。
旅の菓子屋
演 - 坂上二郎
パンを買ってくれた建造におまけと称して春画を一枚見せた。建造が道中でマムシと対峙した時にちょっかいを出そうとしたためやめさせた。
旅の呉服屋
演 - 柄本明
建造と天城山の途中まで一緒に歩いた。建造から怖いものを訊かれ「一番怖いのは人間」と答えている。

天城山あたりに住む人々[編集]

土谷良作
演 - 石橋蓮司
事件現場で見つかった傘の持ち主。当初この傘も被害者のものかと思われたが傘に書かれていた名前から本当の持ち主が発覚した。
良作の妻
演 - 樹木希林
田島が聞き込みに家を訪ねた時、たまたま夫婦で取っ組み合いの大喧嘩をしていた。5人の子の母。
雑貨屋のおばさん
演 - 石井富子(現:石井トミコ)
日用雑貨屋を営んでいる。店に訪れていた土工の男とその後訪ねてきたハナについて田島に証言をした。良作の家の近所に住んでいる。
宿屋の主人
演 - 汐路章
土工の男が泊まった宿屋の主人。万が一行き倒れした時に一文無しでは不憫だからと、翌日出て行こうとする男に餞別として一円札を恵んでいる。
宿屋の女中
演 -
警察が主人に聞き込みをしているのもお構いなしに、会話ができるぐらいの距離で一人食事を取るなど度胸がある。土工の男について証言をする。
茶店の婆さん
演 - 北林谷栄
茶店を開いており、孫娘と二人で切り盛りしている。基本的に耳が遠く田島が大声で質問しても話が噛み合わないが、自身に対して言われた悪口はしっかり聞こえている。高齢だが茶店を一日も休んだことがないことが自慢。

事件当時に登場する人々[編集]

建造の母
演 - 吉行和子
夫を何年か前に亡くし、鍛冶屋で生計を立てている。母親として建造に愛情を持ってはいるが、親としての自覚が足りない。
建造の叔父
演 - 小倉一郎
義理の兄妹の関係ながら、建造の母と体の関係を持つ。普段は近くに下宿しており、建造の家に仕事をするためそこから通っている。
江藤署長
演 - 佐藤允
下田署の署長。威厳のある人物。鼻の下に口ひげを生やしている。
山田警部補
演 - 山谷初男
田島とともに事件の現場検証や取り調べに立ち会った。短気な性格で怒りっぽく、頼りない赤池や茶々を入れる黒田が何か言うたびに立腹している。
赤池巡査
演 - 伊藤克信
地域を見まわる巡査。事件を電話で知らせた。自分では大して調べもしないのに安易に勘で推理してしまうなど、警察官としてはあまり有能ではない。上司には弱いが一般人には態度がでかい。
黒田運転手
演 - 車だん吉
事件の第一発見者。朝から体調が悪く野山で排泄しようとした所、被害者の遺留品を発見する(ただし、遺体は見つけていない)。つい色々と捜査に口出しするため、山田たちに注意されている。
団長
演 - 阿藤海(現:阿藤快)
地元の(消防団らしき)団長。事件当初まだ見つかっていない死体の捜索に他の団員たちとともに協力した。

現代に登場する人々[編集]

印刷所事務員
演 - 榎本ちえ子
事務と受付を兼ねている。仕事と言ってもあまりやることがないのか、勤務中にも関わらず何かをイヤフォンで聞きながらうたた寝している。
県警広報係長
演 - 中野誠也
田島のことをよく知る人物。田島について「田島老人」と呼んでおり、過去の活躍からその栄光を称えている。
国立病院医師
演 - 加藤剛
作中の冒頭で建造を診察した医師。レントゲンだけでは判断できないので体内にカメラを入れて詳しく調べることを勧めた。
ほか

スタッフ[編集]

受賞歴[編集]

エピソード[編集]

  • 三村晴彦が初監督の仕事にあたって『天城越え』を選んだのは、野村芳太郎の、清張作品でやるようにとの指示に始まるとされている。脚本は当初、三村が執筆したが、一読した野村に書き直しを命じられ、途中から、加藤泰が脚本に参加、何度も練り直された末、ようやく決定稿が固まった。しかし、映画化は延期され、「松竹で無理なら、ほかで撮ろう」と決心した三村が、松竹に談判した結果、映画化着手から約5年後に、ようやくゴーサインが出された[6]。なお本映画のシナリオは、後に三村の著書『「天城越え」と加藤泰』に収録されている。製作発表は1982年6月25日、松竹大船撮影所で行われた[7]
  • 原作にはない主人公の名前は「小野寺建造」とされているが、この名前は三村の幼馴染の名前から採られている[8]。また、印刷所の設定は、三村と親交のあった編集者で、事情に詳しい権藤晋がアドバイスを行っている[9]
  • クランクイン後、大塚ハナを演じる田中裕子と三村の関係はぎこちなく、演技をめぐって衝突、田島刑事を演じる渡瀬恒彦を交え、演技論を戦わせていた。田中と渡瀬は互いに真剣な表情で撮影に臨み、撮影の様子を見学した原作者は「すごい迫力だ」と言って帰ったという。その後、ハナが刑事の尋問を受けるシーンの撮影で、失禁の場面を、田中が「仕掛けはいりません。自前でやります」と言い切ったのを見て三村が感動、以後、三村は田中を信頼するようになったと、権藤は語っている。また、スタッフと一緒になって椅子を運んだり、見学者の「人よけ」を買って出たりと動きまわった渡瀬の様子に、三村は「チーフ助監督のようだ」と大いに感謝し、「渡瀬さんには本当に助けられた」としきりに話していたという[10]
  • ラストの雨のシーンで、ハナが少年につぶやくセリフは聞き取りにくいものとなっているが、三村は「サヨナラ、と言ったようだ」と説明している[11]
  • 公開2日目の2月20日に、当時の中曽根康弘首相が「大変評判の作品なので、是非見たいと思った」として、本映画を観賞している[12]

テレビドラマ[編集]

1978年版[編集]

松本清張シリーズ
天城越え
ジャンル テレビドラマ
放送時間 20:00 - 21:30
放送期間 1978年10月7日(1回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本放送協会(NHK)
演出 和田勉
原作 松本清張『天城越え』
脚本 大野靖子
出演者 大谷直子
鶴見辰吾

特記事項:
1978年度芸術祭ドラマ部門大賞受賞
テンプレートを表示

松本清張シリーズ・天城越え」。1978年10月7日、日本放送協会(NHK)の「土曜ドラマ」枠(20:00-21:30)で放送[13]。原作と比較すると、大塚ハナが乳児を亡くしていることや、土工には同原作者による映画『鬼畜』をイメージさせる過去に起因した個性を持たせていること等の特徴をもつ。また、原作にはないが、他の映像化作品に見られる「少年の母」の情愛シーンの創作はない。尚、物語の終盤に、原作者自身も出演している。1978年度芸術祭ドラマ部門大賞受賞作品。現在はDVD化されている。演出を手掛けた和田勉2011年1月14日に逝去したのを受け、同年1月30日の「NHKアーカイブス」(13:30-15:05)で「追悼・和田勉〜ドラマ・天城越え」と題して本作が再放送された。

キャスト(1978年版)[編集]

ほか

スタッフ(1978年版)[編集]

NHK 土曜ドラマ
前番組 番組名 次番組
十字路 (第一部)
(1978.4.15 - 4.29)
松本清張シリーズ
天城越え
(1978.10.7)

1998年版[編集]

元旦特別企画
松本清張原作『天城越え』
ジャンル テレビドラマ
放送時間 21:00 - 23:09
放送期間 1998年1月1日(1回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 TBS
演出 大岡進
原作 松本清張『天城越え』
脚本 金子成人
プロデューサー 大岡進
北川雅一
出演者 田中美佐子
二宮和也多数

特記事項:
1997年度(第35回)ギャラクシー賞優秀賞受賞
第38回日本テレビ技術賞(録音)受賞
テンプレートを表示

1998年1月1日(21:00-23:09)放送。少年の天城越えを大正15年6月に設定。他映像化作品にはない、「少年が大人になってからの大塚ハナとの再会」という創作部分が存在する。逆に、土工がひどく汚れている様や、土工がなぜお金を持っていたか等のシーケンスは省かれている。第35回ギャラクシー賞優秀賞受賞作品。第38回日本テレビ技術賞受賞(録音)作品。現在は二宮和也の『硫黄島からの手紙』出演を期にDVD化されている。

キャスト(1998年版)[編集]

スタッフ[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ 黒い画集』は元々『週刊朝日』連載のシリーズであるが、本作は初単行本化の時点でこのシリーズに編入され、以降『松本清張全集 第4巻』(1971年8月、文藝春秋)や新潮文庫版(1971年11月)でも、『黒い画集』の1作とされている。
  2. ^ 著者による「私の推理小説作法」(『松本清張自選傑作短篇集』(1976年、讀賣新聞社)に収録)参照。
  3. ^ 「私の推理小説作法」参照。
  4. ^ 『伊豆の踊子』の主人公は「朴歯の高下駄」を履いた「高等学校の学生」であるのに対し、本作の主人公は「裸足」の「十六歳の鍛冶屋の倅」、また『伊豆の踊子』の主人公は峠の茶屋で50銭銀貨を1枚茶代として置くが、本作の主人公の「全財産」が16銭であることなど。なお、本作は主人公が下田から修善寺へ向かう設定となっているが、『伊豆の踊子』は修善寺から天城を越えて下田へ向かう設定となっている。
  5. ^ 藤井淑禎『清張 闘う作家 「文学」を超えて』(2007年、ミネルヴァ書房)、権田萬治『松本清張 時代の闇を見つめた作家』(2009年、文藝春秋)など。
  6. ^ 『週刊 松本清張』第6号(2009年、デアゴスティーニ・ジャパン)20頁参照。
  7. ^ 林悦子『松本清張映像の世界 霧にかけた夢』(2001年、ワイズ出版)27頁参照。
  8. ^ 三村晴彦『「天城越え」と加藤泰』(2004年、北冬書房)参照。
  9. ^ 『週刊 松本清張』第6号 21頁参照。
  10. ^ 三村『「天城越え」と加藤泰』に加えて、 『松本清張傑作映画ベスト10 第3巻 天城越え』(2009年、小学館)、『週刊 松本清張』第6号 21頁を併せて参照。
  11. ^ 三村『「天城越え」と加藤泰』参照。
  12. ^ 林『松本清張映像の世界 霧にかけた夢』28頁参照。
  13. ^ 土曜ドラマ 松本清張シリーズ 天城越え - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス

外部リンク[編集]