大陽寺順一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

大陽寺 順一/菅 順一(たいようじ じゅんいち/すが じゅんいち、1924年8月18日 - 1995年5月5日)は、日本社会政策学者。一橋大学名誉教授。元社会政策学会代表幹事。

人物・経歴[編集]

東京市芝区白金菅礼之助の四男として生まれ、のち菅礼之助義兄 大陽寺家に跡取りがいなかったため同家の養子となる[1]。1942年、府立第一中学校(現 都立日比谷高校)卒業。1947年、旧制東京商科大学(現 一橋大学)卒業。中山伊知郎ゼミ出身[2]井藤半彌門下[2][3]。1950年一橋大学社会学部助手。1953年講師。1956年助教授。1966年教授。1988年定年退官、名誉教授、八千代国際大学政治経済学部教授。1992年同図書館長。

社会政策本質論、ドイツ社会政策史などを研究し、1976年から1978年まで社会政策学会代表幹事も務めた。指導学生に、藤田伍一 一橋大名誉教授[4]高田一夫 一橋大名誉教授、山田高生 成城大学名誉教授、木村周市朗 成城大学教授[3]陣内靖彦 東京学芸大学名誉教授、一條和生 一橋大教授[5]など。

著書[編集]

  • 『社会政策論の歴史と現在』千倉書房 1997年

参考文献[編集]

  • 津田真澂,山田高生編『社会政策の思想と歴史 : 大陽寺順一教授還暦記念論文集』千倉書房 1985年

脚注[編集]

  1. ^ 長瀬達郎『俳人菅裸馬』p70
  2. ^ a b 「福田徳三の社会政策論 一橋大学社会学部教授 菅 順一」 如水会
  3. ^ a b 山田高生「社会政策論の方法」 成城大学
  4. ^ 「昭和47年度学位授与・単位修得論文」一橋研究
  5. ^ 一條和生『バリュー経営: 知のマネジメント』