大阪芸術大学短期大学部

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大阪芸術大学短期大学部
大阪キャンパス
大阪キャンパス
大学設置 1951年
創立 1945年
学校種別 私立
設置者 学校法人塚本学院
本部所在地 大阪府大阪市東住吉区矢田2-14-19
北緯34度36分29.6秒 東経135度31分52.6秒 / 北緯34.608222度 東経135.531278度 / 34.608222; 135.531278座標: 北緯34度36分29.6秒 東経135度31分52.6秒 / 北緯34.608222度 東経135.531278度 / 34.608222; 135.531278
キャンパス 大阪キャンパス(大阪府大阪市東住吉区矢田2-14-19)
伊丹キャンパス(兵庫県伊丹市荒牧4-8-70)
学部 英米文化学科
  第一部
  第二部[1][2]
デザイン美術学科
  第一部
  第二部[3][2]
  通信教育部
メディア・芸術学科
  第一部
  第二部[4][2]
  通信教育部[5][6]
ビジネス学科
  第一部
  第二部[7][2]
保育学科
  第一部
  第二部[8]
  通信教育部
研究科 保育専攻
デザイン美術専攻
ウェブサイト 大阪芸術大学短期大学部公式サイト
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大阪芸術大学短期大学部(おおさかげいじゅつだいがくたんきだいがくぶ、英語: Osaka University of Arts Junior College)は、大阪府大阪市東住吉区矢田2-14-19に本部を置く日本私立大学である。1951年に設置された。大学の略称は芸短[9]および大阪芸大短大部。

概観[編集]

伊丹キャンパス

大学全体[編集]

  • 学校法人塚本学院により経営されている大阪芸術大学に付設された短期大学部ではあるが、独自のキャンパスをもっている。現在5学科を擁する全国有数の規模を誇る。

建学の精神(校訓・理念・学是)[編集]

  • 大阪芸術大学短期大学部における建学の精神[10]
    • 日本国憲法の精神に則り、私学の本文を尽くし、世界の平和と人類の福祉に貢献することを目的とする。
    • 広く知識を高めて学術の研究に励み、専門技術の習熟に努め、もって心身ともに健全な文化人を育成することを使命とする。

教育および研究[編集]

  • 大阪芸術大学短期大学部にある学科の一つとなっているメディア芸術学科(旧・広報学科)は、全国の短大でも数少なく、実習や演習を重視していることからカリキュラムとして実際にテレビ番組制作するという模擬授業や、川村龍一(故人、元同学科長)等が指導する「ラジオ制作演習」といった科目がある。保育学科には、附属幼稚園での教育実習も取り入れられている。その他キャンパスサロンという文化講座があり「、華道」・「音楽」・「茶道」・「英会話」などの各サロンがでの履修を、一定の要件下で業所要単位に含まめることができる

学風および特色[編集]

  • 学科によりキャンパス所在地が異なり、 大阪府大阪市東住吉区に英米文化学科・保育学科・経営デザイン学科、兵庫県伊丹市にメディア芸術学科・デザイン美術学科が設けられている。基本的には男女共学であるが、保育学科だけは平成24年度まで女性のみが対象となっていた(平成25年度から男女共学化。ただし、通信教育部は元々共学だった)。
  • また、保育学科には、近畿地方では唯一の夜間部があり[8]近年では稀にみる通学課程における勤労学生がいる。保育学科・デザイン美術学科・メディア芸術学科[6]には通信教育課程が設置されている。

沿革[編集]

  • 1945年 平野英学塾が設置される。
  • 1946年 浪速外国語学校を設置。
  • 1949年 浪速外国語専門学校に改称。
  • 1951年 浪速外国語専門学校を発展改組して、浪速外国語短期大学(なにわがいこくごたんきだいがく)として開学。当初は英語科の1学科のみ。初代学長に平野英学塾の創始者、塚本英世が就任。大阪幼稚園教員養成所および同附属幼稚園を設置。
  • 1953年 英語科にII部が設置される
  • 1954年 併設の幼稚園教員養成所を発展改組して保育科を設置。
    • 第一部
    • 第二部
  • 同年、8月12日 浪速短期大学と改称。
  • 1955年 保育科に通信教育部を設置する。日本で初めて通信教育部をもつ短大が設置されることになる。
  • 1960年 学科の新設が行われる。
    • デザイン美術科
    • 第一部
    • 第二部
    • 広報科
    • 第一部
    • 第二部
  • 1962年 商業科が設置される。
    • 第一部
    • 第二部
  • 1963年 デザイン美術科・広報科に通信教育部を置く。
  • 1973年 保育科のII部および通信教育部の基本修業年限を3年に延長。
  • 1986年 兵庫県伊丹市にデザイン美術科と広報科の新キャンパスが設置される。
  • 1999年 専攻科を設置。
    • 美術・デザイン専攻
  • 2000年 大阪芸術大学短期大学部と改称。学科名の変更あり。
    • 英語科→英米文化学科
    • 保育科→保育学科
    • デザイン美術科→デザイン美術学科
    • 広報科→広報学科
    • 商業科→商業学科
  • 2005年 商業学科を経営デザイン学科に改称。
  • 2011年 経営デザイン学科をビジネス学科に、広報学科をメディア・芸術学科に改組。
  • 2012年 ビジネス学科募集停止。英米文化学科に統合。
  • 2013年 保育学科を男女共学。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

  • 大阪キャンパス(大阪府大阪市東住吉区矢田2-14-19)
  • 伊丹キャンパス(兵庫県伊丹市荒牧4-8-70)

象徴[編集]

  • カレッジマークには、空を飛ぶの絵がデザインされている。

年度別学生数[編集]

通学課程[編集]

  • 1954年度についてはその年度(月日は不詳だが、1955年3月以前のデータ)、1958年度以降の学生数はその該当年度の5月1日時点でのデータである。
- 英語科 保育科 デザイン美術科 広報科 商業科 出典
- 第一部 第二部 第一部 第二部 第一部 第二部 第一部 第二部 第一部 第二部 -
入学定員 ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** -
総定員 ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** -
1954年 男216
女8
男284
女15
女82 女44 - - - - - - [11]
1958年 男92
女12
男145
女15
女84 女73 - - - - - - [12]
1959年 男102
女19
男162
女11
男1
女90
男2
女66
- - - - - - [13]
1960年 男92
女42
男77
女12
男1
女101
女71 - 男30
女2
- 男17
女1
- - [14]
1961年 男100
女68
男73
女14
男1
女116
女86 男65
女35
男75
女7
- 男36
女4
- - [15]
1962年 男98
女57
男89
女23
女111 女84 男60
女41
男74
女15
男67
女35
男51
女10
男22
女18
男27
女13
[16]
1963年 男78
女78
男83
女26
女110 女103 男72
女33
男80
女15
男64
女38
男60
女12
男52
女34
男58
女16
[17]
1964年 男54
女107
男45
女22
女109 女104 男91
女36
男76
女12
男63
女39
男56
女9
男65
女34
男48
女16
[18]
1965年 男30
女31
男6
女2
女149 女95 男123
女42
男44
女15
男93
女54
男16
女8
男64
女34
男18
女9
[19]
1966年 男13
女42
- 女152 女96 男128
女48
男29
女8
男70
女76
男5
女2
男51
女36
男24
女2
[20]
1967年 男20
女81
- 女165 女134 男128
女67
男13
女6
男76
女106
- 男63
女55
男15 [21]
1968年 男30
女90
- 女168 女176 男96
女86
- 男88
女121
- 男74
女73
- [22]
1969年 男30
女90
- 女168 女176 男96
女86
- 男88
女121
- 男74
女73
- [23]
1970年 男20
女114
- 女187 女177 男89
女104
- 男53
女152
- 男40
女102
男32
女51
[24]
1971年 男36
女155
- 女198 女210 男88
女125
- 男40
女180
- 男37
女113
男47
女76
[25]
1972年 男43
女170
- 女218 女229 男90
女168
- 男35
女195
- 男29
女97
男41
女63
[26]
1973年 男17
女113
- 女276 女259 男136
女230
- 男33
女200
- 男15
女102
男18
女47
[27]
1974年 男17
女113
- 女276 女259 男136
女230
- 男33
女200
- 男15
女102
男18
女47
[28]
1975年 男4
女100
- 女336 女354 男124
女286
- 男16
女254
- 男19
女166
- [29]
1976年 男4
女152
- 女325 女325 男87
女221
- 男16
女262
- 男16
女186
- [30]
1977年 男3
女191
- 女286 女364 男67
女185
- 男9
女275
- 男12
女322
- [31]
1978年 男4
女206
- 女303 女355 男78
女177
- 男10
女284
- 男14
女256
- [32]
1979年 男4
女237
- 女297 女340 男73
女171
- 男9
女287
- 男15
女245
- [33]
1980年 男4
女276
- 女312 女353 男68
女189
- 男10
女300
- 男20
女262
- [34]
1981年 男4
女363
- 女339 女349 男71
女213
- 男13
女320
- 男16
女321
- [35]
1982年 男1
女387
- 女367 女438 男80
女217
- 男8
女358
- 男11
女389
- [36]
1983年 男2
女358
- 女389 女337 男98
女250
- 男12
女365
- 男10
女423
- [37]
1984年 男3
女341
- 女353 女256 男89
女237
- 男10
女337
- 男8
女405
- [38]
1985年 男4
女315
- 女234 女139 男52
女171
- 男6
女234
- 男7
女261
- [39]
1986年 男5
女289
- 女154 女82 男37
女83
- 男6
女152
- 男4
女151
- [40]
1987年 男2
女231
- 女125 女54 男43
女90
- 男3
女122
- 女124 - [41]
1988年 男2
女180
- 女94 女35 男46
女96
- 男6
女85
- 男1
女92
- [42]
1989年 男1
女186
- 女93 女43 男42
女101
- 男9
女133
- 男1
女94
- [43]
1990年 男2
女188
- 女91 女53 男34
女108
- 男12
女185
- 男2
女140
- [44]
1991年 男11
女285
- 女96 女60 男63
女160
- 男36
女274
- 男8
女183
- [45]
1992年 男22
女373
- 女97 女69 男93
女200
- 男60
女354
- 男14
女183
- [46][47]
1993年 男20
女351
- 女97 女67 男96
女195
- 男66
女332
- 男16
女183
- [48]
1994年 男36
女337
- 女96 女66 男101
女194
- 男73
女322
- 男36
女159
- [49]
1995年 男74
女299
- 女105 女67 男115
女203
- 男99
女300
- 男63
女152
- [50]
1996年 男135
女210
- 女103 女60 男118
女193
- 男101
女290
- 男52
女151
- [51]
1997年 男191
女137
- 女106 女61 男125
女186
- 男88
女311
- 男48
女142
- [52]
1998年 男174
女103
- 女102 女62 男123
女186
- 男87
女309
- 男81
女118
- [53]
1999年 男101
女94
- 女100 女62 男113
女184
- 男96
女307
- 男73
女112
- [54]

通信教育部[編集]

  • 学生数はその該当年度の5月1日時点でのデータである。
- 保育科 デザイン美術科 広報科 出典
入学定員 ** ** ** -
総定員 ** ** ** -
1987年 男88
女860
男35
女133
男33
女138
[55]
1988年 男84
女790
男23
女136
男32
女99
[56]
1989年 男107
女779
男26
女136
男32
女92
[57]
1990年 男108
女750
男26
女154
男33
女176
[58]
1991年 男131
女833
男31
女178
男30
女98
[59]
1992年 男152
女991
男44
女192
男32
女98
[60]
1993年 男168
女1166
男34
女204
男38
女166
[61]
1994年 男178
女1333
男36
女191
男34
女197
[62]
1995年 男163
女1322
男32
女164
男34
女204
[63]
1996年 男175
女1352
男51
女175
男32
女163
[64]
1997年 男181
女1292
男76
女146
男19
女75
[65]
1998年 男204
女1372
男75
女147
男28
女56
[66]
1999年 男287
女1539
男73
女159
男24
女63
[67]

教育および研究[編集]

組織[編集]

学科[編集]

通学課程[編集]
  • 英米文化学科:「英語コミュニケーション」・「ビジネスコミュニケーション」のコースがある。
  • 保育学科
    • 第一部
    • 第二部[8]:修業年限は3年制。学生募集停止、第一部に統合
  • メディア・芸術学科:「メディア」・「舞台芸術」・「ポピュラー音楽」・「声優」・「ポピュラーダンス」の各コースがある。
  • デザイン美術学科:「ビジュアルデザイン」・「インテリアデザイン」・「絵画」・「版画」・「立体造形」・「工芸」・「キャラクター造形」・「イラストレーション」・「フィギュアアーツ」の各コースがある。
かつてII部が設置されていた学科
  • 英語科
  • 広報科
  • デザイン美術科
  • 商業科
  • ビジネス学科:「起業・経営」・「流通」・「国際ビジネス」の3コースからなる。平成25年より英米文化学科に統合。
通信教育課程[編集]
  • 保育学科
    • 幼稚園コース(2年制)
    • 保育コース(3年制)
  • デザイン美術学科
  • 広報学科(学生募集停止)

専攻科[編集]

  • 保育専攻(学生募集停止)
    大学評価・学位授与機構認定。
  • デザイン美術専攻(現在は学生募集停止)
    • デザインコース
    • 美術コース
    • 第一部
    • 第二部

別科[編集]

  • なし

取得資格について[編集]

教職課程

  • 幼稚園教員二種免許状:なお、専攻科保育専攻を修了後、一種免許状に昇格することができる。
    • 保育学科
    • 第一部
    • 第二部
  • 中学校教諭二種免許状
    • 英語:英米文化学科(過去の第二部にもあり[68]。)
    • 国語:広報学科にて設置されていた。
    • 美術:デザイン美術学科
    • 職業:経営デザイン学科の前身である商業科にて設置されていた。

資格

附属機関[編集]

  • 図書館

学生生活[編集]

部活動・クラブ活動・サークル活動[編集]

  • 大阪芸術大学短期大学部のクラブ・同好会は、大阪学舎・伊丹学舎それぞれ独自に組織をもっている。活動している団体として以下の一例がある。
    • 大阪学舎:柔道・ソフトテニス・バドミントン・軽音楽・写真・吹奏楽ほか
    • 伊丹学舎:テニス・バドミントン・バスケットボール・フットサル・バレーボール・ダンス・演劇・映像研究ほか

学園祭[編集]

  • 大阪芸術大学短期大学部の学園祭は「芸短祭」と呼ばれ、概ね10月に実施されている。

スポーツ[編集]

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

  • 大阪芸術大学をはじめとしたグループ校と同じ組織の下で、「塚本校友会」と称した同窓会組織が形成されている。

大学関係者一覧[編集]

大学関係者一覧[編集]

卒業生[編集]

施設[編集]

キャンパス[編集]

大阪キャンパス[編集]

  • 使用学科:英米文化学科・保育学科・経営デザイン学科
  • 使用専攻科:保育専攻
  • 交通アクセス:近鉄南大阪線矢田下車。
  • 設備:学生食堂・図書館・ピアノレッスン室ほか学生ホールがある。学生ホールの壁画は大阪芸術大学の元教授である鍋井克之により描かれたものとなっている。

伊丹キャンパス[編集]

  • 使用学科:美術デザイン学科・広報学科
  • 使用専攻科:デザイン美術専攻
  • 交通アクセス:JR福知山線中山寺駅下車。徒歩で15分程度かかる。
  • 設備:学生食堂・図書館ほか入学式・卒業式・スクーリング開講式にも使用される体育館、ラジオスタジオ・テレビスタジオもある。特に、ラジオスタジオは、短大としては日本最高の設備が整っている。

[編集]

対外関係[編集]

他大学との協定[編集]

アメリカ[編集]

イギリス[編集]

関係校[編集]

  • 日本大学:同大学の地方科目試験会場として使用されることもある。
  • 法政大学:同大学の地方科目試験会場として使用されることもある。

系列校[編集]

卒業後の進路について[編集]

就職について[編集]

編入学・進学実績[編集]

附属学校[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 旧・英文科のみ。
  2. ^ a b c d 1978年3月31日廃止。
  3. ^ 旧・デザイン美術科のみ。
  4. ^ 旧・広報科のみ。
  5. ^ 設置当時は広報学科
  6. ^ a b 2010年度をもって学生募集を終了。
  7. ^ 旧・商業科のみ。
  8. ^ a b c 募集は2010年度まで。
  9. ^ 浪速短期大学当時、浪短。
  10. ^ 入学案内パンフレットより引用
  11. ^ 昭和30年度版『全国学校総覧』1380頁(以下、『総覧』と略する。)
  12. ^ 昭和34年度版『総覧』24頁
  13. ^ 昭和35年度版『総覧』22頁
  14. ^ 昭和36年度版『総覧』26頁
  15. ^ 昭和37年度版『総覧』26頁
  16. ^ 昭和38年度版『総覧』30頁
  17. ^ 昭和39年度版『総覧』31頁
  18. ^ 昭和40年度版『総覧』32頁。
  19. ^ 昭和41年度版『総覧』35頁
  20. ^ 昭和42年度版『総覧』38頁
  21. ^ 昭和43年度版『総覧』39頁
  22. ^ 昭和44年度版『総覧』41頁
  23. ^ 昭和45年度版『総覧』42頁より。何故か昨年度と同数となっている。
  24. ^ 昭和46年度版『総覧』42頁
  25. ^ 昭和47年度版『総覧』42頁
  26. ^ 昭和48年度版『総覧』44頁
  27. ^ 昭和49年度版『総覧』45頁
  28. ^ 昭和50年度版『総覧』47頁より。何故か昨年度と同数となっている。
  29. ^ 昭和51年度版『総覧』50頁
  30. ^ 昭和52年度版『総覧』49頁
  31. ^ 昭和53年度版『総覧』49頁
  32. ^ 昭和54年度版『総覧』50頁
  33. ^ 昭和55年度版『総覧』50頁
  34. ^ 昭和56年度版『総覧』52頁
  35. ^ 昭和57年度版『総覧』52頁
  36. ^ 昭和58年度版『総覧』54頁
  37. ^ 昭和59年度版『総覧』55頁
  38. ^ 昭和60年度版『総覧』56頁
  39. ^ 昭和61年度版『総覧』63-64頁
  40. ^ 昭和62年度版『総覧』64頁
  41. ^ 昭和63年度版『総覧』65頁
  42. ^ 昭和64年度版『総覧』69頁
  43. ^ 1990年度版『総覧』70-71頁
  44. ^ 1991年度版『総覧』71頁
  45. ^ 1992年度版『総覧』74頁
  46. ^ 1993年度版『総覧』75頁
  47. ^ 短大蛍雪 』(全国短大&専修・各種学校受験年鑑シリーズ、1992年9月臨時増刊号)377頁には「189、1276(うち1年生男106、女623)」と表記されている。
  48. ^ 1994年度版『総覧』77頁
  49. ^ 1995年度版『総覧』79頁
  50. ^ 1996年度版『総覧』81頁
  51. ^ 1997年度版『総覧』82頁
  52. ^ 1998年度版『総覧』84頁
  53. ^ 1999年度版『総覧』73-74頁
  54. ^ 2000年度版『総覧』77頁
  55. ^ 昭和63年度版『総覧』77頁
  56. ^ 昭和64年度版『総覧』80-81頁
  57. ^ 1990年度版『総覧』83頁
  58. ^ 1991年度版『総覧』84頁
  59. ^ 1992年度版『総覧』87頁
  60. ^ 1993年度版『総覧』89頁
  61. ^ 1994年度版『総覧』91頁
  62. ^ 1995年度版『総覧』93頁
  63. ^ 1996年度版『総覧』95頁
  64. ^ 1997年度版『総覧』96頁
  65. ^ 1998年度版『総覧』84頁
  66. ^ 1999年度版『総覧』85-86頁
  67. ^ 2000年度版『総覧』91頁
  68. ^ a b 教員養成課程認定大学短期大学一覧』(1955年)66頁より
  69. ^ ラジオパーソナリティとして関西で活動するかたわら、広報学科時代に学科長兼務で教授に就任。メディア・芸術学科長に在職中の2012年5月25日に69歳で急逝した。なお、在職中にパーソナリティを務めた『もぐもぐ』(fm osaka)と『川村龍一のゆ〜ゆ〜ラジオ』(MBSラジオ)では、本学部が番組のスポンサーに付いていた。
  70. ^ a b c d e f g h i 2000年2008年度用入学案内冊子より一部引用。
  71. ^ a b c d 1999年度までは浪速短期大学附属。
  72. ^ 1979年度版以前は『短期大学一覧』
  73. ^ 「浪速短期大学」の頁

関連項目[編集]

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