大阪府立登美丘高等学校
| 大阪府立登美丘高等学校 | |
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大阪府立登美丘高等学校 | |
北緯34度31分09秒 東経135度32分24秒 / 北緯34.51925度 東経135.540028度座標: 北緯34度31分09秒 東経135度32分24秒 / 北緯34.51925度 東経135.540028度 | |
| 過去の名称 |
大阪府南河内郡黒山村外六ケ村学校組合立黒山高等実践女学校 大阪府南河内郡黒山村外十一ケ村学校組合立黒山高等実践女学校 大阪府立黒山高等実践女学校 大阪府立黒山高等女学校 大阪府立黒山高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 設立年月日 | 1924年7月7日 |
| 創立記念日 | 7月7日 |
| 創立者 | 南河内郡黒山村外六カ村学校組合 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D127210000354 |
| 高校コード | 27172B |
| 所在地 |
〒599-8125 大阪府堺市東区西野51 |
| 外部リンク | 公式サイト |
大阪府立登美丘高等学校(おおさかふりつ とみおかこうとうがっこう、英: Osaka Prefectural Tomioka High School)は、大阪府堺市東区にある公立の全日制普通科高等学校。
概要
大阪府立黒山高等女学校を前身校とする。学制改革に伴って新制高等学校に改組され、全日制普通科高校になった[1]。
校歌は安西冬衛が作詞を手がけている。
沿革
旧制学校時代
南河内郡黒山村・平尾村・丹南村・丹比村・野田村・大草村・日置荘村の7ヶ村[注釈 1] で作る学校組合は1924年3月22日、高等実践女学校の開設を決議した。新設の学校は、7ヶ村の学校組合立として黒山村大字阿弥[注釈 2] に設置していた大阪府黒山実業学校(現在の大阪府立農芸高等学校)の女子部を母体にして発展させる形とした。
1924年に文部省告示により大阪府南河内郡黒山村外六箇村学校組合立黒山高等実践女学校の設置が認可され、同年7月に本科4年制・専攻科1年制の学校として開校した[2]。開設当初は、大阪府黒山実業学校とともに黒山高等小学校校地に併設されていた。
1925年には、泉北郡百舌鳥村、深井村、東陶器村、西陶器村、ならびに南河内郡南八下村の5ヶ村[注釈 3]が学校組合に加入した事に伴い、黒山村外十一ケ村学校組合立黒山高等実践女学校に改称した。
1928年、黒山高等小学校南側の隣接地、黒山村大字阿弥81番地、に移転され、黒山高等小学校との併設は解消された。しかし、校舎は新築されず、大阪市愛日尋常小学校の旧校舎が移築された。
生徒数の増加のため学校経費が増大し、学校組合で運営する方式では経済的に困難になりつつあったことから、大阪府への移管の声が高まり、1929年に学校組合から大阪府に移管されて、大阪府立黒山高等実践女学校に再改称された[2]。
1941年には高等女学校令による5年制高等女学校の大阪府立黒山高等女学校に改組された[2]。1943年に戦時措置に伴う中等学校令により4年制に短縮されたが、終戦直後には5年制に復した。
新制高等学校
学制改革により、1947年に新制中学校(1949年閉鎖)が併設されて高等女学校2・3年生徒は編入となり、1948年4月には大阪府立黒山高等学校'に改組された。
改組と同時に、学校組合立黒山中学校[注釈 4]に既存校地を明け渡したため、黒山高等学校は黒山村大字北余部の大阪府立農芸高等学校[注釈 5] 校地に仮移転し、1952年3月までの約4年間、同校に一時併設された。
また、近隣に生徒交流が可能な旧制中学校がなく、農芸高等学校との生徒交流も実施しなかったため、男子生徒も募集する形での男女共学の導入が図られ、1949年4月に初めての男子生徒が入学して、男女共学が開始された。
大阪府は、黒山高等学校と農芸高等学校を統合していわゆる総合制高校にする案を検討していた。黒山高等学校側は了承したものの、農芸高等学校側が独立校としての存続を強く希望したため、総合制高校案は実現しなかった。
その後、黒山高等学校側においては、移転方針のもと、複数案が検討され、既存の私立高等学校を買収のうえ大阪府に移管し、当該校の吸収統合を図る案も検討された。具体的には、初芝高等学校との交渉が開始されたが、合意には至らず、当該案は実現しなかった。
最終的には、南河内郡登美丘町大字西野への移転新築が決定され、1952年4月に新校舎が竣工した。これに伴い、所在地名を冠した大阪府立登美丘高等学校に改称された[2]。
年表
部活動
ダンス部は2010年代、全国高等学校ダンス部選手権で全国優勝などの成績を修めるなどしている。さまざまな音楽番組にも出演し、平野ノラや荻野目洋子のバックダンサーとしても活動した。2017年の第59回日本レコード大賞特別賞を受賞、同年の第68回NHK紅白歌合戦で郷ひろみのバックダンサーとして出場するなどの活動もおこ
出身者
経済・実業
舞台芸術・芸能
スポーツ
交通
参考文献
- 大阪府立登美丘高等学校60周年記念誌編集委員会『創立60周年記念誌』大阪府立登美丘高等学校、1983年。
脚注
注釈
出典
関連項目
- 大阪府高等学校一覧
- 旧制中等教育学校の一覧 (大阪府)
- 伊東静雄 ‐ 妻の花子が黒山高等実践女学校の教師
