大部一秋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
おおべ かずあき
大部 一秋
生誕 1952年10月15日
日本の旗 神奈川県
死没 (2014-06-12) 2014年6月12日(61歳没)
日本の旗 東京都文京区
国籍 日本の旗 日本
出身校 創価大学経済学部卒業
職業 ウルグアイ駐箚特命全権大使

大部 一秋(おおべ かずあき、1952年10月15日 - 2014年6月12日[1])は、日本外交官位階正四位勲等瑞宝中綬章

在サンパウロ総領事独立行政法人中小企業基盤整備機構業務統括役、ウルグアイ駐箚特命全権大使などを歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1952年生まれ、神奈川県出身[2]創価高等学校を経て、創価大学経済学部経済学科で学んだ。1975年3月、創価大学を1期生として卒業し、同年4月外務省に入省する[2]

外交官として[編集]

外務省では、スペインスペイン語研修を受けた。在オーストラリア大使館一等書記官や、在アルゼンチン大使館公使を経て、独立行政法人である国際協力機構に転じ企画調整部の部長などを務めた[2]2008年在サンパウロ総領事に就任し[2]在サンパウロ総領事館に駐在した。在任中は、日系ブラジル人の集団地を100か所以上訪問するなど[2]、精力的に総領事館の管内を巡った。また、日本との技術協定の締結や商用マルチビザの延長などに取り組んだ[2]。これらの功績が讃えられ、サンパウロ市から名誉市民章が授与された[2]2013年ウルグアイ駐箚特命全権大使に就任し[2]在ウルグアイ大使館に駐在した。しかし、在任中に体調を崩し、2014年6月3日に帰国すると、余命数日と告げられ、葬儀の手配や、後任への引き継ぎ準備を行い、6月12日肝不全により東京都文京区東京医科歯科大学医学部附属病院にて死去した[2]。同日付で、瑞宝中綬章、および、正四位が授与された[3][4]

略歴[編集]

賞歴[編集]

栄典[編集]

脚注[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ウルグアイ大使・大部一秋さんが死去 朝日新聞 2014年6月21日
  2. ^ a b c d e f g h i 「大部一秋ウルグアイ大使が死去――在サンパウロ総領事として親しまれ」『:: 大部一秋ウルグアイ大使が死去 在サンパウロ総領事として親しまれ』サンパウロ新聞社、2014年6月24日
  3. ^ 「叙位・叙勲」『官報』6333号、国立印刷局2014年7月16日、10面。
  4. ^ [1]ニッケイ新聞
  5. ^ (日本語) 大部大使略歴 ”. 在ウルグアイ日本国大使館. 2014年6月7日閲覧。
  6. ^ (日本語) ベネズエラ大使に林氏 大部 一秋氏(おおべ・かずあき=ウルグアイ大使) ”. 日本経済新聞 Nikkei.Com (2013年4月2日). 2014年6月7日閲覧。外務省入省を1978年(昭和53年)としている。
  7. ^ [2]
  8. ^ [3]
  9. ^ 「総領事 履歴書」外務省在サンパウロ]日本国総領事館2011年
  10. ^ 「大部一秋氏が死去 駐ウルグアイ大使 」日本経済新聞2014/6/21

外部リンク[編集]

  • (日本語)大部大使挨拶(在ウルグアイ日本国大使館公式ホームページ)