大臣裁判

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大臣裁判(Ministries Trial)は、アメリカ合衆国1948年1月6日から1949年4月13日にかけてニュルンベルクで行ったナチ戦犯法廷。大臣や各省の次官、親衛隊(SS)幹部などナチ体制で政治指導的地位にあった者が被告人として裁かれた。ニュルンベルク継続裁判の中では最大の大物が集められた裁判と言われる。被告人は以下の21人である。

被告人[編集]

氏名 役職 判決
エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー Ernst Heinrich von Weizsäcker.jpg 外務省次官
バチカン大使
親衛隊少将
懲役7年
1949年に5年に減刑
1950年10月釈放
グスタフ・シュテーングラハト・フォン・モイラント英語版 Gustav Adolf Steengracht von Moyland.JPG 外務省次官 懲役7年
1949年に12月懲役5年減刑
1950年釈放
ヴィルヘルム・ケプラー Wilhelm Keppler.JPG 外務省次官
アドルフ・ヒトラーの経済顧問
懲役10年
1951年釈放
エルンスト・ヴィルヘルム・ボーレ Ernst Wilhelm Bohle.JPG 大管区指導者
外務省次官
ナチ党外国組織部長
懲役5年
エルンスト・ヴェアマンドイツ語版 外務省政治部長 7年の懲役
1949年懲役5年減刑
1951年釈放。
カール・リッター (外交官)ドイツ語版 外務省と国防軍最高司令部(OKW)の連絡役 懲役4年
すでに刑期を終え釈放
オットー・フォン・エルトマンスドルフドイツ語版 外務省次官
ヴェアマンの代理
無罪
エトムント・フェーゼンマイヤー Edmund Veesenmayer.jpg ハンガリー全権大使 懲役20年
1951年懲役10年減刑
1951年釈放
ハンス・ハインリヒ・ラマース Bundesarchiv Bild 183-H28193, Hans Heinrich Lammers.jpg 無任所大臣
総統官邸官房長
親衛隊大将
懲役20年
1951年1月懲役10年減刑
1951年12月釈放
ヴィルヘルム・シュトゥッカート Wilhelm Stuckart at the Ministries Trial.jpg 内務省次官
フレンスブルク政府内相
懲役3年10カ月
すでに刑期を終え釈放
リヒャルト・ヴァルター・ダレ Bundesarchiv Bild 119-2179, Walter Richard Darré.jpg 食糧相
親衛隊大将
懲役7年
1950年釈放
オットー・マイスナー Bundesarchiv Bild 102-01203, Otto Meißner.jpg 無任所大臣
大統領官房長
無罪
オットー・ディートリヒ Dietrich, Otto - Obergruppenführer mugshot.jpg ナチスの全国新聞指導者
親衛隊大将
懲役7年
1950年に釈放
ゴットロープ・ベルガー Bundesarchiv Bild 183-S73321, Gottlob Berger.jpg 親衛隊本部
親衛隊大将
懲役25年
1951年に10年に減刑
1951年に釈放
ヴァルター・シェレンベルク Walter Schellenberg.jpg 国家保安本部SD外国部長 懲役6年
すでに刑期を終え釈放
ルートヴィヒ・シュヴェリン・フォン・クロージク伯爵 Johann Ludwig Graf Schwerin von Krosigk.JPG 財務相
フレンスブルク政府首相代行
懲役10年
1951年釈放
エミール・ヨハン・プールドイツ語版 Emil Puhl.jpg ライヒスバンク副総裁 懲役5年
すでに刑期を終え釈放
カール・ラッシェドイツ語版 Karl Rasche.jpg ドレスナー銀行取締役 懲役7年
すでに刑期を終え釈放
パウル・ケルナードイツ語版 Bundesarchiv Bild 146-1993-086-12, Paul Körner.jpg ヘルマン・ゲーリングの代理 懲役15年
1951年懲役10年減刑
同年釈放
パウル・プライガードイツ語版 ヘルマン・ゲーリング国家工場の長 懲役15年
1951年懲役10年減刑
1951年に釈放
ハンス・ケーアルドイツ語版 Bundesarchiv Bild 183-1998-0525-500, Hans Kehrl.jpg 軍需省次官
軍需省計画部長
懲役15年
1951年に釈放

外部リンク[編集]