大竹 (八尾市)

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大竹(おおたけ)は、大阪府八尾市の地名。581-0854、現住所表記では1丁目から8丁目まで存在する。

現住所表記に変更される前は全域が大字大竹だった地域で、現在の西高安町2,3丁目のほぼ全域も含まれていた。

歴史[編集]

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中河内地区最大の心合寺山古墳が当地にあり、鎌倉時代ごろまで古墳近くにあった秦興寺(しんごうじ)が名称の由来とされる。この地を治めていた秦氏の氏寺と考えられている。時代を過ぎるとともに「秦興寺」は「心合寺」と表記されるようになり、「しんごうじ」の読みは「しおんじ」に訛ったとされる。元文2年の河内国高帳によると石高は539石余。江戸時代以降の支配者は石高200石余が江戸期を通じて旗本加藤氏領、残りは幾度か支配者が変わり、寛文9年に淀藩領となり幕末に至っている。明治以降の市町村制施行で北高安村の大字となり、現住所表記施行時に西側の一部が西高安町となる。

地理[編集]

町内のいちばん西を大阪外環状線が通り、その東を東高野街道が通る。東の山中は神立地区となる。

大竹

  • 心合寺山古墳(5丁目)
    中河内地区最大の前方後円墳。堀の中から古瓦が発見され、かつてこの地にあったとされる寺院のものと推定される。

※中学校は高安中学校水越2丁目)、小学校は北高安小学校(同左)の校区となる。

参考文献[編集]

関連項目[編集]