大矢田神社

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大矢田神社
Oyada-Jinjya07.JPG
拝殿、本殿(重要文化財
所在地 岐阜県美濃市大矢田2596
位置 北緯35度33分20.9秒
東経136度52分6.15秒
主祭神 建速須佐之男命、天若日子命
社格 郷社
創建 伝・孝霊天皇時代
本殿の様式 三間社流造
例祭 4月第2日曜日
主な神事 ひんここ祭り(4月第2土曜日、11月23日)
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楼門

大矢田神社(おやだじんじゃ)は、岐阜県美濃市にある神社である。旧社格郷社

本殿は江戸時代初期の1672年寛文12年)、拝殿は1671年(寛文11年)再建であり、ともに重要文化財に指定されている[1]。また、楼門1723年享保8年)再建であり、美濃市指定文化財である[2]

祭神[編集]

歴史[編集]

  • 創建は孝霊天皇の時代という。以下は社伝による。

深山に悪竜が棲み付き、困った里人が喪山の天若日子廟所(現・喪山天神社)に加護を祈ったところ、建速須佐之男命を祀るよう夢告があった。 その通り勧請を行うと、建速須佐之男命が現れ、悪竜を退治してくれた。平和を取り戻した里人は、建速須佐之男命と天若日子命を祀る祠を建てた。

  • 716年養老2年)、泰澄大師は、この地(天王山)一帯を開基。天王山禅定寺号した。祠はその一部となり、牛頭天王として習合される。
  • 禅定寺は7坊を有したが、1556年弘治2年)に戦火で焼失。その後、極楽坊と常泉坊の2坊のみ再興された。
  • 1870年明治3年)、神仏分離廃仏毀釈により牛頭天王を建速須佐之男命に戻して奉祀、大矢田神社に改称して極楽坊の社僧・真清氏が神官となる。
護摩堂・鐘楼観音堂など仏教施設は廃されたが、唯一、楼門(仁王門)が残された。このため神社の中に仏教式の門が残っている。

大矢田もみじ谷[編集]

  • 大矢田神社一帯の楓谷は、約3000本のヤマモミジの原生林があり、樹齢1000年以上の古木もある。1930年(昭和5年)、指定名称楓谷のヤマモミジ樹林として国の天然記念物に指定されている[3]。また2004年(平成16年)飛騨・美濃紅葉三十三選の一つに指定されている。
  • 毎年11月初旬が見ごろであるという。

大矢田神社のひんここまつり[編集]

  • 室町時代から伝わる祭りである
  • 手作りの人形で演じられるもので、社伝による須佐之男命が悪竜を退治する物語が演じられる。
  • 悪竜退治の上演と並行して稲田姫と蝮の戦の糸操り人形劇を上演もされている。
  • なぜ、ひんここと呼ばれているのか定説はないがお囃子の中に「ヒンココ チャイイココ チャイチャイホーイ」という掛け声からという説からだと言われている。
  • 岐阜県の重要無形民俗文化財に指定されている[4]
  • 毎年2回(4月第2土曜日、11月23日)に行なわれる。

その他の文化財[編集]

  • 絹本著色釈迦十六善神図(岐阜県指定重要文化財)[5]

所在地・アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 大矢田神社附棟札”. 岐阜県. 2013年4月19日閲覧。
  2. ^ 大矢田神社 楼門”. 美濃市 (2008年11月10日). 2013年4月19日閲覧。
  3. ^ 楓谷のヤマモミジ樹林”. 岐阜県. 2013年4月19日閲覧。
  4. ^ 大矢田ヒンココ”. 岐阜県. 2013年4月19日閲覧。
  5. ^ 絹本著色釈迦十六善神図”. 岐阜県. 2013年5月11日閲覧。