大熊康之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
大熊 康之
生誕 1938年昭和13年)
所属組織 Naval Ensign of Japan.svg 海上自衛隊
軍歴 1959年(昭和34年)〜1993年平成5年)
最終階級 JMSDF Rear Admiral insignia (a).svg 海将補
テンプレートを表示

大熊 康之(おおくま やすちか、1938年(昭和13年) - )は、海上自衛官システムエンジニア

岐阜県生まれ。防衛大学校では電気工学を専攻し、1958年(昭和33年)に第6期生として卒業した。

1971年(昭和46年)度計画で開発された海上自衛隊初のシステム艦である「たちかぜ」が搭載するOYQ-1 WESの導入のため、アメリカ海軍ミサイル・スクール(NAVGMSCOL)に留学。以後、護衛艦艦長、護衛隊司令を歴任し、イージス艦導入時には海上幕僚監部装備体系課においてイージスシステム導入を担当したほか、P-3の要員教育にも従事した。その後、プログラム業務隊司令を経て、1993年(平成5年)に海将補として退官[1][2]

退官後は、軍事システムエンジニアリングの研究・講演などを通じて活動している。主な著作として『軍事システム エンジニアリング』があるが、これは、日本防衛装備工業会月刊JADIにおいて、2005年5月号から2006年2月号まで連載したものをもとに大幅加筆したものである[1]

出典[編集]

  1. ^ a b 大熊康之『軍事システム エンジニアリング』かや書房、2006年。ISBN 978-4-906124-63-3
  2. ^ 大熊康之『戦略・ドクトリン統合防衛革命』かや書房、2011年。ISBN 978-4-906124-70-1

関連項目[編集]