大熊仁三郎

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大熊 仁三郎(おおくま にさぶろう、1879年明治12年)11月29日[1] - 1945年昭和20年)3月5日[2])は、日本地主[3][4][5]、浅草区家屋税調査委員[1]、借地借家調停委員[3][6]政治家浅草区会議員[1][7]実業家。日出土地社長[1][5]。日本護謨専務[1]。東京護謨製造業組合長[1]

人物[編集]

東京府・大熊政次郎の二男[1][4][5]1896年家督を相続した[1][4][5]1902年7月、初めて日本護謨合資会社出資社員として会計監督の任に当たり、1900年、組織を改めて株式会社となると、監査役に挙げられ、後取締役となり1924年8月、専務取締役に就任し、傍ら1925年、日出土地会社を創立して社長に就任した[1]。また地主であり、浅草区会議員に選ばれた[4][5][6]

仁三郎について『帝国信用録 第25版 昭和7年』には「職業・貸地会社役員」とある[8]。宗教は日蓮宗[1][3]。趣味は読書、散歩[1][3]

家族・親族[編集]

大熊家

東京市浅草区橋場町[5][7]

  • 父・政次郎[5]
  • 妹・コウ[5]
1882年 -
  • 妻・(東京、高木義範の長女[3]、高木静馬の妹[5]
1884年 -
  • 男・隆三(中等教員)[5]
1909年 -
1911年 -

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『大衆人事録 第3版』73-74頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月6日閲覧。
  2. ^ 朝日新聞』昭和20年3月9日朝刊、第2面の葬儀広告より
  3. ^ a b c d e 『大衆人事録 第14版 東京篇』201頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年4月10日閲覧。
  4. ^ a b c d 『人事興信録 第14版 上』オ90頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月5日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l 『人事興信録 第12版 上』オ92頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月5日閲覧。
  6. ^ a b 『人事興信録 第13版 上』オ94頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年1月5日閲覧。
  7. ^ a b 『東京府市名誉録』区会議員其他之部(浅草)128頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年4月5日閲覧。
  8. ^ 『帝国信用録 第25版 昭和7年』東京府(ヲ、オ)113頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年4月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • 篠田皇民『東京府市名誉録』東京人事調査所、1925年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。
  • 帝国興信所編『帝国信用録 第25版 昭和7年』帝国興信所、1932年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版 東京篇』帝国秘密探偵社、1942年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年。