大湊地方隊

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大湊地方隊
創設 1953年9月16日
国籍 日本の旗 日本
軍種 Naval Ensign of Japan.svg 海上自衛隊
上級部隊 防衛大臣直轄
基地 大湊基地

大湊地方隊(おおみなとちほうたい、英称:Ominato District)は、海上自衛隊地方隊の一つ。主要部隊は青森県むつ市大湊町にある大湊基地に配備されている。日本の北端部における防衛警備、特に宗谷海峡津軽海峡という、2つの重要な国際海峡の防備を担当する。

概要[編集]

北海道及び青森県以北の海域(太平洋日本海オホーツク海)における防衛及び警備、災害派遣、艦艇及び航空機に対する後方支援、機雷等の危険物の除去、民生協力等を任務としている[1][2]

大湊に海軍が最初に配備されたのは、1902年(明治35年)8月1日に横須賀鎮守府所属の帝国海軍大湊水雷団が置かれたことである。もともと北海道室蘭市に「室蘭鎮守府」が設置される予定であったが[3]ロシアの脅威が差し迫っており、津軽海峡の防備を重視するために、大湊に変更されたといわれている。1941年(昭和16年)11月20日、横須賀鎮守府から独立し「大湊警備府」に昇格。1945年(昭和20年)8月、第二次世界大戦の敗戦により同年11月30日、日本海軍が解体され大湊警備府も廃止された。

1952年(昭和27年)8月1日に保安庁及び警備隊が創設されると、日本における海上軍事力の再整備も本格化し、1953年(昭和28年)9月16日に大湊地方隊が編成された。1954年(昭和29年)7月1日、警備隊が海上自衛隊に改組。5つの地方総監部のうち唯一旧海軍の鎮守府に由来せず、また、隷下に教育隊が置かれていない。

警備区域は、日本海側・太平洋側ともに青森県以北の北方(北海道及び青森県の区域並びに青森県と秋田県の境界線が海岸線と交わる点から270度に引いた線と青森県と岩手県の境界線が海岸線と交わる点から90度に引いた線の北側にある北海道及び青森県の周辺海域及び沿岸海域[4])であり、日本の北端部の海域・地域にあたる。宗谷海峡津軽海峡も担任区域内にあり、津軽海峡については、大湊地方隊隷下の松前警備所竜飛警備所を中心に監視し、宗谷海峡については稚内基地分遣隊に加え、冬季を除いて艦船を派遣し監視にあたっている[5]ロシア海軍の海峡通行について、関心を持ち、監視を行なっている[1][6]

沿革[編集]

8月1日:帝国海軍大湊水雷団が置かれる。
12月12日大湊要港部に改編。
11月20日:大湊警備府に改編。
11月30日:日本海軍解体により大湊警備府が廃止[3]
9月16日保安庁警備隊に「大湊地方隊」が新編。
大湊地方隊新編時の編成(大湊地方総監部、函館基地隊、大湊基地警防隊)
新編時の大湊地方総監部の編成(総務部、警備部、航路啓開部、経理補給部、技術部)
10月16日:総監部組織の改組(航路啓開部の廃止、調査室の設置、通信所の昇格)
7月1日:「防衛庁」が創設され、「海上自衛隊」が発足。
8月1日~7日:昭和天皇皇后両陛下の津軽海峡御渡航に際し、自衛艦隊及び館山航空隊とともに対機雷警戒を実施。
5月1日:「大湊通信隊」を新編。
5月16日:「大湊航空隊」がシコルスキー S-51ヘリコプター3機により新編[7]
3月16日:「八戸航空隊」を新編。
2月1日:総監部組織の改組(総務部を廃止し人事部を新設、防衛部に第1~第4幕僚班を設置)
「大湊補給所」及び「大湊工作所」を新編。
9月1日:八戸航空隊が第2航空群に改編され航空集団隷下に編成替え。「八戸航空工作所」を新編。
12月16日:「第32護衛隊」が第3護衛隊群から編入。
3月2日:総監部組織の改組(人事部を管理部に改称、第1~第4幕僚班を幕僚室に改称、第5幕僚室を新設、監察官を新設)
「大湊造修所」、「大湊水雷調整所」を新編。大湊工作所を廃止。
10月1日:総監部に幕僚長を設置。
大湊基地警防隊を「大湊警備隊」に改称。
7月15日:「余市防備隊」を新編[7]
3月16日:「稚内基地分遣隊」を新編[7]
5月11日:「大湊音楽隊」を新編。
9月8日~25日まで自衛艦隊とともにソ連ミグ25戦闘機函館空港強行着陸(ベレンコ中尉亡命事件)に伴う津軽海峡の警戒監視を実施。
12月27日:大湊警備隊に「水中処分隊」を新編。
9月1日:「大湊衛生隊」を新編。
3月27日:「第35護衛隊」が第4護衛隊群から編入。
7月1日:警備隊の組織改編。「大湊基地業務隊」を新編。
1月31日:第32護衛隊が廃止、「第23護衛隊」が第4護衛隊群から編入。
3月22日:余市防備隊に「第1ミサイル艇隊」を新編、第1魚雷艇隊が廃止。
3月31日:大湊警備隊に「大湊防空陸警隊」を新編[7]、大湊陸警隊が廃止。
7月12日8月12日北海道南西沖地震に対する災害派遣。
3月24日:隊番号の改正により、第23護衛隊が「第25護衛隊」に、第35護衛隊が「第27護衛隊」に改称。
12月8日:補給整備部門の組織改編により大湊補給所と大湊造修所が統合され「大湊造修補給所」に改編、大湊水雷整備所が「大湊弾薬整備補給所」に改編、八戸航空工作所は第2航空修理隊に改編され航空集団隷下に編成替え。
3月22日:大湊通信隊が「大湊システム通信隊」に改編されシステム通信隊群隷下に編成替え。
4月3日:第27護衛隊が廃止。大湊警備隊に「大湊陸警隊」を新編、大湊防空陸警隊が廃止。
9月5日:余市防備隊第1ミサイル艇隊所属のミサイル艇3号が大湊港内において機関砲誤射事故。
10月17日:護衛艦「いしかり」が除籍。
3月26日:自衛艦隊の大改編により第25護衛隊が「第15護衛隊」に改称され、護衛艦隊隷下に編成替え。 大湊航空隊が第21航空群隷下に編成替えとなり、「第25航空隊」に改編。
6月24日:護衛艦「ゆうばり」、護衛艦「ゆうべつ」、掃海艇「うわじま」、ミサイル艇3号が除籍。
4月3日:部隊改編により多用途支援艦「すおう」を地方隊直轄から大湊警備隊隷下に編成替え。

編成[編集]

※ 平成29年4月3日時点

総監部[編集]

主要幹部[編集]

官職名 階級 氏名 補職発令日 前職
大湊地方総監 海将 酒井良 2018年08月01日 海上幕僚監部防衛部長
幕僚長 海将補 大力政富 2018年03月27日 海上自衛隊第4術科学校
管理部長 1等海佐 加治勇 2018年03月30日 第11護衛隊司令
防衛部長 1等海佐 渡邉雄一 2018年09月01日 大湊地方総監部防衛部勤務
経理部長 1等海佐 貴田幸典 2016年08月01日 海上幕僚監部総務部経理課主計班長
技術補給監理官 1等海佐 髙橋賢悟 2016年12月01日 防衛装備庁プロジェクト管理部
事業監理官付事業計画調整官
監察官 2等海佐 山下義弘 2017年12月04日 ゆうぎり艦長
歴代の大湊地方総監(海将
氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
1 小國寛之輔 1953年9月16日
1956年1月15日
海機33期 第二幕僚監部経理補給部補給課長 海上自衛隊術科学校長 警備監補
/海将補
2 赤堀次郎 1956年1月16日
1958年12月15日
海兵55期
海大37期
第1警戒隊群司令 練習隊群司令部付
→1958年12月20日 練習隊群司令
海将補
3 山下雅夫 1958年12月16日
1961年2月28日
海兵57期 自衛艦隊幕僚長 海上幕僚監部総務部長
4 武市義雄 1961年3月1日
1962年1月15日
海機38期 横須賀地方副総監 海上自衛隊幹部学校
→1962年4月1日 第2術科学校長
5 岡本 功 1962年1月16日
1963年4月30日
海兵57期
海大38期
第1掃海隊群司令 海上幕僚監部付
→1963年7月1日 退職・海将
6 山田龍人 1963年5月1日
1964年4月30日
海兵58期 航空集団司令官 海上幕僚監部付
→1964年5月30日 退職
7 森永正彦 1964年5月1日
1964年12月15日
海兵59期 横須賀地方副総監 呉地方総監 海将補
8 佐藤文雄 1964年12月16日
1967年6月30日
海上自衛隊幹部候補生学校 横須賀地方総監 就任時海将補
1966年1月1日 海将
9 水谷秀澄 1967年7月1日
1968年6月30日
海兵62期 海上訓練指導隊群司令 佐世保地方総監 就任時海将補
1968年1月1日 海将
10 石田捨雄 1968年7月1日
1969年6月30日
海兵64期 海上幕僚監部総務部長 海上幕僚副長
11 橋本正久 1969年7月1日
1971年6月30日
東京高等商船 海上幕僚監部調査部長 退職
12 安永 稔 1971年7月1日
1973年11月30日
海機47期 海上幕僚監部経理補給部長 横須賀地方総監
13 石野自彊 1973年12月1日
1975年3月16日
海兵69期 練習艦隊司令官 退職
14 植草重信 1975年3月17日
1976年11月30日
教育航空集団司令官
15 大賀良平 1976年12月1日
1977年8月31日
海兵71期 護衛艦隊司令官 海上幕僚長
16 江上純一 1977年9月1日
1979年3月21日
自衛艦隊司令部幕僚長
→1977年8月1日 海上幕僚監部付
退職
17 松井 操 1979年3月22日
1980年6月30日
海兵73期 海上自衛隊幹部候補生学校長
18 吉田學 1980年7月1日
1981年6月30日
海兵75期 海上幕僚監部防衛部長 海上幕僚副長
19 山田善照 1981年7月1日
1983年4月25日
自衛艦隊司令部幕僚長
20 安岡亀雄 1983年4月26日
1984年6月5日
海兵76期 海上幕僚監部調査部長
21 高崎郁男 1984年6月6日
1985年12月19日
海保大1期・
4期幹候
海上幕僚監部総務部長 佐世保地方総監
22 金崎實夫 1985年12月20日
1987年7月6日
海保大2期・
6期幹候
自衛艦隊司令部幕僚長
23 富田成昭 1987年7月7日
1989年3月15日
鹿児島大
6期幹候
教育航空集団司令官 退職
24 吉川圭祐 1989年3月16日
1991年3月15日
防大1期 海上幕僚監部防衛部長
25 林崎千明 1991年3月16日
1992年6月15日
防大4期 佐世保地方総監
26 猪狩 眞 1992年6月16日
1993年6月30日
海上自衛隊幹部学校長 退職
27 塚原武夫 1993年7月1日
1995年3月22日
防大6期 防衛大学校訓練部長
28 五味睦佳 1995年3月23日
1996年3月24日
防大8期 開発指導隊群司令 海上幕僚副長
29 金子 豊 1996年3月25日
1997年3月25日
防大9期 海上幕僚監部監察官 佐世保地方総監
30 山崎 眞 1997年3月26日
1998年6月30日
海上幕僚監部装備部長 自衛艦隊司令官
31 長谷川語 1998年7月1日
1999年12月9日
防大10期 自衛艦隊司令部幕僚長
32 牧本信近 1999年12月10日
2001年1月10日
防大13期 海上幕僚監部監理部長 海上自衛隊幹部学校長
33 尾崎通夫 2001年1月11日
2002年3月21日
海上自衛隊幹部候補生学校長 佐世保地方総監
34 田内 浩 2002年3月22日
2003年3月26日
防大12期 潜水艦隊司令官 退職
35 吉川榮治 2003年3月27日
2005年1月11日
防大15期 統合幕僚会議事務局第5幕僚室長 横須賀地方総監
36 宮本治幸 2005年1月12日
2006年3月26日
防大16期 自衛艦隊司令部幕僚長 教育航空集団司令官
37 松岡貞義 2006年3月27日
2007年3月27日
防大18期 海上自衛隊幹部候補生学校長 航空集団司令官
38 武田壽一 2007年3月28日
2008年7月31日
防大19期 自衛艦隊司令部幕僚長 海上自衛隊幹部学校長
39 河村克則 2008年8月1日
2009年7月20日
防大21期 海上幕僚副長
40 泉 三省 2009年7月21日
2010年7月25日
防大22期 海上幕僚監部人事教育部長 呉地方総監
41 武居智久 2010年7月26日
2011年8月4日
防大23期 海上幕僚監部防衛部長 海上幕僚副長
42 山口 透 2011年8月5日
2012年7月25日
防大22期 防衛大学校訓練部長 呉地方総監
43 三木伸介 2012年7月26日
2013年8月21日
防大24期 横須賀地方総監部幕僚長
44 槻木新二 2013年8月22日
2014年12月14日
海上自衛隊補給本部 退職
45 坂田竜三 2014年12月15日
2016年3月22日
防大26期 教育航空集団司令官 統合幕僚学校
46 中西正人 2016年3月23日
2018年7月31日
防大27期 横須賀地方総監部幕僚長 退職
47 酒井 良 2018年8月1日
防大31期 海上幕僚監部防衛部長

室蘭の自衛隊誘致[編集]

2006年(平成18年)2月、北海道室蘭市では、市議が発起人となり、室蘭港への海上自衛隊基地誘致を目指す「防災拠点港実現に向けて海上自衛艦を誘致する会」が発足している[8]。室蘭港に耐震構造の防災埠頭を作り、災害発生時の物資輸送、避難・救助活動の拠点港にしようというものであり、海上自衛隊の自衛艦を誘致することで、防災拠点としての実効性が高まり、さらなる港湾整備に弾みがつくという設立趣旨である。

防衛省も、北海道への新たな海上自衛隊基地建設に関心があるとされ、室蘭港を有望な候補先としていると言われる。実際に2004年2月には、自衛隊イラク派遣のため、室蘭港からおおすみ型輸送艦を使って装甲車両などの機材搬出を行っており[9]、海上自衛隊艦船の寄港も多い。設立総会には、大湊地方隊函館基地隊司令が招待された。

ただし、2011年(平成23年)12月7日の室蘭市議会では、平成10年の自衛艦入港数が15隻あったのが、平成21年には1隻に減少したことが指摘されたが、市側は自衛隊との連携は自衛艦の室蘭港入港促進への積極的な誘致策を行なっていないと答弁している[10]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]