大渕絹子
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大渕 絹子(おおふち きぬこ 1944年11月12日 - )は、日本の元政治家。元参議院議員(通算3期)。
来歴・人物[編集]
新潟県小千谷市出身。1989年に行われた参議院議員新潟県選挙区補欠選挙に日本社会党から出馬し、初当選。いわゆる社会党のマドンナブームの火付け役となった。以後3期連続当選。
環境特別委員長、社会民主党参議院会長などを歴任。1998年の第18回参議院議員通常選挙では党の退潮と田中直紀の出馬による乱戦を制し社民党唯一の参議院地方選挙区の議席を守った。
2002年、党の北朝鮮による日本人拉致問題に対する対応等への不満を理由に社民党に離党届を提出。しかし、受理されず除名処分となった。その後、「民主党・新緑風会」に入会。2004年の第20回参議院議員通常選挙では民主党公認での出馬を模索したものの民主党と社民党が両党推薦無所属統一候補(新潟方式と呼ばれる)として近藤正道を擁立したため、出馬を断念し引退した。2015年春の叙勲で旭日重光章受章。
政策[編集]
- 選択的夫婦別姓制度導入に賛成。2000年には、大渕ら超党派女性国会議員50名が、夫婦別姓選択制を求めて首相(当時)の森喜朗に申し入れを行った。申し入れでは、「とくに若い世代では、夫婦別姓選択制を望む声が高まっています。政府には、世論を喚起するなど、夫婦別姓選択制を導入するための努力を望む」としている[1]。
脚注[編集]
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 篠崎年子 |
1995年 - 1996年 |
次代: 千葉景子 |
| 先代: 久保田真苗 |
1992年 - 1993年 |
次代: 三上隆雄 |
| ||||