大沼勘四郎

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大沼 勘四郎(おおぬま かんしろう、1904年明治37年〉6月23日 - 没年不明)は、日本造り酒屋経営者。寿虎屋酒造社長(第9代)・会長。山形県酒造組合連合会会長(第3代・3期)。山形商工会議所二号議員。沖正宗酒造株式会社監査役。

来歴[編集]

  • 1904年(明治37年)6月23日 - 虎屋本店8代目当主・父:大沼保吉と母:セイの長男として生まれる。
  • 保吉は先代も自分も養子のため名乗れなかった屋号の「勘四郎」を名前に付けた。
  • 早稲田大学卒業
  • 1928年(昭和3年)5月31日 - 青柳堪と結婚。
  • 保吉が政治に専念するため家業を任せられるが、酒は保吉と同じく下戸で飲めなかった。
  • 1940年(昭和15年) - 虎屋酒造本店は「寿虎屋酒造」となる。
  • 1941年(昭和16年)3月 - 山形商工会議所二号議員当選
    • 5月7日 - 山形商工会議所理材部部員就任
    • 12月23日 - 保吉隠居により家督を相続する。
  • 1942年(昭和17年)5月 - 企業整備による酒造業統制が行われたため営業を一部縮小。
  • 1947年(昭和22年)7月9日 - 山形水曜会(後に山形ロータリークラブに併合)会員
  • 1953年(昭和28年)4月 - 日新生命保険相互会社社員総代1回目就任
  • 1959年(昭和34年)2月1日 - 沖正宗酒造株式会社(山形県内57社の共同壜詰会社)が設立され監査役就任
  • 1961年(昭和36年)4月 - 日新生命保険相互会社社員総代2回目就任
    • 4月14日 - 「出羽輝、秀峰之暁、特選霞城寿」特級規格認定
  • 1962年(昭和37年)7月 - 虎屋酒造工場を新築。工場名に「寿久蔵」と保吉が名付ける。
    • 10月22日 - 午前8時30分、父:大沼保吉死去。
  • 1966年(昭和41年) - 山形県酒造組合連合会理事就任
  • 1969年(昭和44年) - 山形県酒造組合連合会副会長就任
  • 1972年(昭和47年) - 山形県酒造組合連合会会長1期目就任
  • 1975年(昭和50年) - 山形県酒造組合連合会会長2期目就任
  • 1978年(昭和53年) - 山形県酒造組合連合会会長3期目就任
  • 1980年(昭和55年) - 山形県酒造組合連合会会長退任
  • 没年不明。

栄典・受賞[編集]

出版物[編集]

  • 編纂
    • 『大沼保吉翁回想録』 1963年6月 後藤嘉一(編著) 大沼勘四郎、大沼義之助、大沼貞蔵(編纂委員)
  • 関連書籍
    • 『千代寿虎屋酒造史』 1989年8月 大沼義之助(著) 千代寿虎屋酒造(出版)
    • 『酒蔵片々 - 幼少編』 2004年1月 大沼保義(著) 千代寿虎屋酒造株式会社(出版)

虎屋酒造歴代当主[編集]

  • 初代:俗名不明(戒名:行誉念正居士)
  • 二代:大沼勘四郎
  • 三代:大沼勘四郎利明
  • 四代:大沼勘四郎福明
  • 五代:大沼勘四郎
  • 六代:大沼勘四郎
  • 七代:大沼金治
  • 八代:大沼保吉
  • 九代:大沼勘四郎

親族[編集]

  • 父:大沼保吉 - 第10代山形市長、寿虎屋酒造8代目経営者、千代寿虎屋酒造初代経営者
  • 母:大沼セイ - 保吉の後妻。寿虎屋酒造7代目経営者・大沼金治の三女
  • 妻:大沼堪 - 東村山郡天童町・青柳リウの妹。
  • 義兄:大沼貞蔵 - 医師、医学博士、(社)山形県医師会初代会長
  • 姉:大沼セン - 保吉と前妻ウンの長女。貞蔵の前妻
  • 妹:大沼クラ - 貞蔵の後妻
    • 甥:大沼貞雄 - 医師、医学博士、(社)山形市医師会会長
  • 弟:大沼義之助 - 千代寿虎屋酒造2代目経営者

参考資料[編集]

  • 『酒蔵片々 - 幼少編』 2004年1月 大沼保義(著) 千代寿虎屋酒造株式会社(出版)
  • 『山形県酒造史 山形酒の昨日・今日・明日』 2005年5月 山形県酒造組合(出版)
  • 『大沼保吉翁回想録』 1963年6月 後藤嘉一(編著) 大沼保吉翁回想録編纂委員会(出版)
  • 『山形商工会議所史 上巻』 1972年11月 後藤嘉一(編著) 山形商工会議所(出版)
  • 『山形新聞』 1984年11月2日号 県内の褒章受章者
  • 『官報』 1953年3月24日 本紙 7862 その他の公告

外部リンク[編集]