大樹寺駅

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大樹寺駅
1937年頃の様子
1937年頃の様子
だいじゅじ
DAIJUJI
岩津 (1.3km)
(0.5km) 岡崎井田
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 挙母線
キロ程 11.0km(上挙母起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度-
3,432人/日(降車客含まず)
-1972年[1]-
開業年月日 1924年大正13年)12月27日
廃止年月日 1973年昭和48年)3月4日
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現在は名鉄バス大樹寺バス停として使用されている。

大樹寺駅(だいじゅじえき)は、かつて愛知県岡崎市鴨田町にあった、名古屋鉄道挙母線。挙母線廃止時の終点であった。

挙母線の大樹寺駅 - 岡崎井田駅間は路面電車で運行され、軌道線の岡崎市内線と実質同一となっていた。このこともあり、大樹寺駅が挙母線と岡崎市内線の実質上の接続駅であった。

駅名は徳川氏松平氏)の菩提寺である大樹寺に由来する。

駅設備[編集]

2面4線のホームがあり、駅舎側から1面1線が留置線、2面2線が挙母線(鉄道線)、1面1線が岡崎市内線(軌道線)であった。軌道線用ホームは高床ホームに階段状の段差で低くして使用された。

挙母線の大樹寺 - 岡崎井田間は直流600V、上挙母 - 大樹寺間は直流1500Vであった。このため、大樹寺駅構内は直流600Vと直流1500Vが配線されていた。

大樹寺駅よりユニチカ岡崎工場(現・ユニチカスパンボンドプロダクツ)の引込み線があり、駅構内には貨物用の側線も存在した。

歴史[編集]

  • 1924年大正13年)12月27日 - 岡崎電気軌道により岡崎井田 - 当駅 - 門立間開業。
  • 1927年昭和2年)4月16日 - 岡崎電気軌道が三河鉄道に吸収合併される。
  • 1929年(昭和4年)12月18日 - 三河鉄道により三河岩脇駅 - 上挙母駅間開業(当初より1500V電化)。これに合わせ、当駅 - 三河岩脇間の架線電圧も600Vから1500Vに昇圧。当駅 - 上挙母間を岡崎線、三河岩脇 - 門立間を門立支線とする。
  • 1934年(昭和9年) - 岡崎線上挙母から岡崎駅前まで直通ガソリンカーの運転開始。
  • 1941年(昭和16年)6月1日 - 三河鉄道が名古屋鉄道に吸収合併される。同じ頃、ガソリン統制から直通ガソリンカーの運転を休止。
  • 1948年(昭和23年)5月16日 - 岡崎線から挙母線に改称。
  • 1962年(昭和37年)6月17日 - 岡崎市内線廃止。それにともない挙母線の600V区間(岡崎井田 - 当駅)廃止。
  • 1973年(昭和48年)3月4日 - 挙母線の全線廃止により廃駅。

その他[編集]

大樹寺駅の駅跡は名鉄バス大樹寺バス停(バスターミナル)および駐車場になっている。

隣の駅[編集]

名古屋鉄道
挙母線(1973年廃線区間)
岩津駅 - 大樹寺駅
挙母線(1962年廃線区間、運行系統上は岡崎市内線)
大樹寺駅 - 岡崎井田駅

岩津駅 - 大樹寺駅間には百々駅があったが、1969年4月5日に廃駅となった。

脚注[編集]

  1. ^ 市川満「姿を消した岡崎の名鉄線」、『鉄道ピクトリアル』第370巻、電気車研究会、1979年12月、 141頁。

関連項目[編集]