大悲心陀羅尼

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大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)とは、正式には『千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼』といい、「なむからたんのー、とらやーやー」という出だしで知られる、日本では禅宗で広く読誦される基本的な経典である。

なお、陀羅尼を自家薬籠中の物とする真言宗に於いて重用する三陀羅尼は、現在『佛頂尊勝陀羅尼』、『宝篋印陀羅尼』、『阿弥陀如来根本陀羅尼』が挙げられているが、1908年(明治41年)刊行の廣安恭壽 著『三陀羅尼経和解』[1]によれば、その時代には『阿弥陀如来根本陀羅尼』ではなく『大悲心陀羅尼』が数え上げられ、因みにとして『阿弥陀―』も示されていた。従ってこの陀羅尼が禅宗のみのものとは言えないが、なぜこのように変わったのかは不明で宗門内の事情と思われる。

禅宗依用のものは最初の漢訳とされる伽梵達摩[2][3]訳『千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼經』[4](以後この記事では『千手千眼観音経』と略す)の陀羅尼の部分(当然のことながら梵語音写)を取り出したものとされる。『宋高僧伝』では訳出を高宗永徽年間(650-655)~顕慶年間(661-656)[3]と推測している。またサンスクリット本はなく偽経ともいわれる[5]。 この陀羅尼を略して大悲心陀羅尼、大悲円満無礙神咒、大悲呪という。曹洞宗においては通常の呼び名は『大悲心陀羅尼』で、朝課仏殿諷経、朝課開山歴住諷経、略朝課万霊諷経、竈公諷経、晩課諷経、鎮守諷経で読誦する[6]臨済宗では略称『大悲呪』、正式呼称『大悲円満無礙神咒』である[7]

沿革[編集]

伽梵達摩による『千手千眼観音経』の漢訳以後、禅宗で『大悲心陀羅尼』が用いられるようになるまでの経過を概観すると次のようになる。

開元年間(713-741)頃始まったいろいろな陀羅尼の流行に始まる。716年長安に善無畏(637-735)が来朝、玄宗の帰依を受け密教経典『虚空藏菩薩能滿諸願最勝心陀羅尼求聞持法』を漢訳(717年とされる)する。同時代の密教僧には金剛智 (669-741)、不空 (705-774)、一行 (683‐727)、恵果 (746-806)がおり密教が唐に広まった。恵果の寂滅寸前に空海(774~835)が入唐し法を伝授されたのは 805-806年 のことだったが、密教とともに『大悲心陀羅尼』の修法も請来したかどうかは不明である。

『千手千眼観音経』の別訳として、不空訳『千手千眼觀世音菩薩大悲心陀羅尼』[8]、同じく不空訳『大慈大悲救苦觀世音自在王菩薩廣大圓滿無礙自在青頚大悲心陀羅尼』[9]があり、陀羅尼のテキストは日本の禅宗依用のものとほぼ一致する[10]。しかし何故不空に仮託したのかは不明である[11]

禅宗における最初の事例として、永明延寿(904-975)『慧日永明寺智覚禅師自行録』第九 に当時の禅僧が『大悲心陀羅尼』を読誦していたことを示唆する記事があるが、日常的に依用していたかどうかは不明である[12]大慧宗杲(1089-1163)『大慧普覚禅師普説』巻4 には『大悲心陀羅尼』表記における字の異同をめぐる議論があるが、この陀羅尼がこの頃広く知られていたことは考えられる[13]。このように禅僧たちによる『大悲心陀羅尼』への言及が増えはじめたのは、早ければ北宋(960-1127)初期、遅くとも南宋(1127-1279)末期を下らないと考えられる[14]。 

後の時代に、禅宗の日常の勤行のなかに『大悲心陀羅尼』が定着していった経過は、清規の変遷の中にある程度見出すことができる。禅宗の諸清規のうちで、まず最初に『大悲心陀羅尼』の名が見られるのは、南宋末期の 著者不明『入衆須知』(1263頃成立)で、読誦回数2回と示している[15]。続いて 弌咸 著『禅林備用清規』(1311完成)では14か所、『勅修百丈清規』(1336-1343間)[16]では18か所(バリエーションを含めると23か所)[17]と年代とともに回数が増加している。

なお中峰明本著『幻住庵清規』(1317)は9か所となっているが、附録『開甘露門』に施餓鬼会または盂蘭盆会にあたり最初に『大悲心陀羅尼』を唱えるよう指示があり[18]、現在の儀礼に近くなっている。

日本の臨済宗の開祖とされる栄西(1141-1215)が帰国し布教を始めたのは1191年、 また曹洞宗開祖の道元(1200-1253)が南宋から帰国し 興聖寺を開いたのが1223年で、いずれもこの時代には『大悲心陀羅尼』は禅宗に定着していない。日本の禅宗にこの陀羅尼が普及したのは鎌倉時代(1185-1333)末期から室町時代(1336-1573)以降と推定されるが確証はない。

代表的なテキスト[編集]

千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼[19]
南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。婆盧羯帝爍鉗囉耶。菩提薩埵婆耶。摩訶薩埵婆耶。摩訶迦盧尼迦耶。唵。薩皤囉罰曳。數怛那怛寫。南無悉吉利埵伊蒙阿唎耶。婆盧吉帝室佛囉楞馱婆。南無那囉。謹墀醯唎。摩訶皤哷。沙咩薩婆。阿他豆輸朋。阿逝孕。薩婆薩哷。那摩婆伽。摩罰特豆。怛姪他。唵。阿婆盧醯。盧迦帝。迦羅帝。夷醯唎。摩訶菩提薩埵。薩婆薩婆。摩囉摩囉。摩醯摩醯唎馱孕。俱盧俱盧羯蒙。度盧度盧罰闍耶帝。摩訶罰闍耶帝。陀囉陀囉。地利尼。室佛囉耶。遮囉遮囉。摩摩罰摩囉。穆帝隸。伊醯伊醯。室那室那。阿囉參佛囉舍利。罰沙罰參。佛囉舍耶。呼盧呼盧摩囉。呼盧呼盧醯利。娑囉娑囉。悉利悉利。蘇嚧蘇嚧。菩提夜菩提夜。菩馱夜菩馱夜。彌帝唎夜。那囉謹墀。地利瑟尼那。婆夜摩那。娑婆訶。悉陀夜。娑婆訶。摩訶悉陀夜。娑婆訶。悉陀喻藝。室皤囉夜。娑婆訶。那囉謹墀。娑婆訶。摩囉那囉。娑婆訶。悉囉僧阿穆佉耶。娑婆訶。娑婆摩訶悉陀夜。娑婆訶。者吉囉阿悉陀夜。娑婆訶。波陀摩羯悉陀夜。娑婆訶。那囉謹墀皤伽囉耶。娑婆訶。摩婆唎勝羯囉耶。娑婆訶。南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。婆盧吉帝。爍皤囉耶。娑婆訶。悉殿都。漫哆囉。跋陀耶。娑婆訶。

読誦されたものの文字化[編集]

なむからたんのーとらやーやー。なむおりやーぼりょきーちーしふらーやー。ふじさとぼーやーもこさとぼーやー。もーこーきゃーるにきゃーやーえん。さーはらはーえいしゅーたんのーとんしゃー。なむしきりーといもーおりやー。ぼりょきーちーしふらーりんとーぼー。なむのーらー。きんじーきーりー。もーこーほーどー。しゃーみーさーぼー。おーとーじょーしゅーべん。おーしゅーいん。さーぼーさーとーのーもーぼーぎゃー。もーはーてーちょー。とーじーとーえん。おーぼーりょーきー。るーぎゃーちーきゃーらーちー。いーきりもーこー。ふじさーとー。さーぼーさーぼー。もーらーもーらー。もーきーもーきー。りーとーいんくーりょーくーりょー。けーもーとーりょーとーりょー。ほーじゃーやーちーもーこーほーじゃーやーちー。とーらーとーらー。ちりにーしふらーやー。しゃーろーしゃーろー。もーもーはーも-らー。ほーちーりー。ゆーきーゆーきーしーのーしーのー。おらさーふらしゃーりー。はーざーはーざー。ふらしゃーやー。くーりょーくーりょー。もーらーくーりょーくーりょー。きーりーしゃーろーしゃーろー。しーりーしーりー。すーりょーすーりょー。ふじやーふじやー。ふどやーふどやー。みーちりやー。のらきんじー。ちりしゅにのー。ほやものそもこー。しどやーそもこー。もこしどやーそもこー。しどゆーきーしふらーやーそもこー。のらきんじーそもこー。もーらーのーらーそもこー。しらすーおもぎゃーやーそもこー。そぼもこしどやーそもこー。しゃきらーおしどーやーそもこー。ほどもぎゃしどやーそもこー。のらきんじーはーぎゃらやーそもこー。もーほりしんぎゃらやーそもこー。なむからたんのーとらやーやー。なむおりやーぼりょきーちーしふらーやーそもこー。してどーもどらー。ほどやー。そーもーこー。[20]

参考文献[編集]

  • 『三陀羅尼經和解 僧正 廣安恭壽 述』1908年 藤井文政堂 国会図書館ディジタルコレクション、p.55-67 に『千手千眼観音経』の訓読(陀羅尼は平仮名読み)が掲載されている。
  • 『臨済宗の陀羅尼』 木村俊彦[21]・竹中智泰[22] 1982年、東方出版(株)。竹中興宗 著『大悲呪』(p.172 - 202)を含む。陀羅尼の逐句解説と読みかたを掲載している。
  • 『禅宗の陀羅尼』[23] 木村俊彦・竹中智泰 1998年、(株)大東出版社 ISBN 978-4500006397
  • 『ナムカラタンノーの世界』(『千手経』と「大悲呪」の研究)野口善敬[24] 1999年、禅文化研究所 ISBN 978-4-88182-149-7 。著者は臨済宗だが、黄檗宗、曹洞宗宗派ごとのテキスト表記や読み方の違い等が掲載されており参考になる。
  • 「大悲心陀羅尼(大悲咒)」 1998年、(『坐禅要典』 大法輪閣 所収) ISBN 978-4804611426 。曹洞宗の経本。
  • 磯田熙文[25] 著「『大悲心陀羅尼』について」 臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺 教化センター 教学研究紀要 第5号 2007年5月 p.121 - 134。この記事とは関係が薄いが、敦煌文書や広本、チベット、ネパール等の異本の調査と今後の研究の方向を示唆するもので興味深い。
  • 本多道隆[26] 著 『「大悲呪」攷―中国近世における受容の諸相―』 臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺 教化センター 教学研究紀要 第6号 2008年5月 p.77 - 113。伽梵達摩による漢訳以後、唐代から宋代にわたり禅僧や世俗の人々の間に広まっていった経過に関する研究論文。
  • 「大悲心陀羅尼」(CD 大本山永平寺監修・読誦『檀信徒勤行』ポニーキャニオン 2008年4月)

注・出典[編集]

  1. ^ 『三陀羅尼経和解』(さんだらにきょうわげ)より引用
    サテ三陀羅とは一には佛頂尊勝陀羅尼と第二寶篋印陀羅尼と第三千手千眼觀自在菩薩根本陀羅尼叉は阿彌陀如來根本陀羅尼とを合稱せしものにて凡て眞言宗に於て通途の勤行と云へば禮文、理趣經、三陀羅尼、光明眞言、本尊の眞言、祖師の寶號、廻向の文とを唱ふることなるが、・・・p.1
    以上は第二寶篋印陀羅尼經を釋し終りました以下は第三でありますが此第三には或は阿彌陀如來根本陀羅尼經を擧ぐることも三陀羅尼としてはありますが今はに第三千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無碍大悲心陀羅尼を釋し阿彌陀如來根本陀羅尼を因みに擧ぐること丶いたします・・・p.50
  2. ^ 伽梵達摩(Bhagavaddharma、がぼんだつま/かぼんだるま、qié fàn dá mò、中国名 尊法)、唐代の西インド出身の訳経僧、生卒年不詳。
  3. ^ a b 開元釈教録 卷第八(730年成立、大正蔵 T2154_.55.0552c06) 千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經一卷 右一部一卷其本見在 沙門伽梵達摩。唐云尊法。西印度人也。譯千手千眼大悲心經一卷。然經題云西天竺伽梵達摩譯不標年代。推其本末似是皇朝新譯。但以傳法之士隨縁利見。出經流布更適餘方。既不記年號故莫知近遠。昇親問梵僧云有梵本。既非謬妄故載斯録。准千臂經序亦云智通共出(大正蔵 T2154_.55.0562b24 - c04)
    宋高僧傳 卷第二 唐尊法傳(982 - 988年、大正新脩大蔵経 T2061_.50.0718b08) 釋尊法。西印度人也。梵云伽梵達磨。華云尊法。遠踰沙磧來抵中華。有傳譯之心。堅化導之願。天皇永徽之歳翻出千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經一卷。經題但云西天竺伽梵達磨譯。不標年代。推其本末疑是永徽顯慶中也。又準千臂經序云。智通同此三藏譯也。法後不知其終(大正蔵 T2061_.50.0718b08 - b16)
  4. ^ 大正蔵収録のものは題名に異同があり、『千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經』(大正蔵 T1060_.20.0106a05 - 0111c19)となっている。
  5. ^ 竹中智泰『大悲呪』p.174
  6. ^ 曹洞宗宗務庁発行「曹洞宗日課勤行聖典(修訂第十刷)」
  7. ^ 大八木興文堂発行「僧俗兼用 臨濟宗勤行式」
  8. ^ 『千手千眼觀世音菩薩大悲心陀羅尼 大唐三藏不空譯』(大正蔵 T1064_.20.0115b20 - 0119c01)、不空が長安に帰朝したのは755年、入寂したのが774年なので、漢訳が不空に帰せられたのはもっと後の時代らしい。
  9. ^ 『大慈大悲救苦觀世音自在王菩薩廣大圓滿無礙自在青頚大悲心陀羅尼 大廣智不空譯』(大正蔵 T1113B.20.0498c08 - 0501a12)、こちらも不空訳とされる。
  10. ^ 磯田熙文 p.133
  11. ^ 長安大興善寺安禄山調伏の修法を行い唐朝の帰依を集めた不空にあやかったものか。
  12. ^ 本多道隆 p.80
  13. ^ 本多道隆 p.81
  14. ^ 本多道隆 p.81-82
  15. ^ 本多道隆 p.82
  16. ^ 唐代に百丈が制定ののち散失した『百丈清規』の勅命による復元版。日本には1356年に伝わっている。
  17. ^ 本多道隆 p.83
  18. ^ 本多道隆 p.84
  19. ^ 坊本として流布しているテキスト、題名等『大正新脩大蔵経』と異同がある。
  20. ^ この読み方は、曹洞宗の読誦法の例。臨済宗ではかなり異なり、また読誦する場面によっても異なる。例として南禅寺派 釣鼇山安住養國禅寺のWebサイトに読み方が掲載されている[1]。真言宗の読み方も大きく異なり『三陀羅尼經和解』p.65-67 に陀羅尼のひらがな読みが掲載されている。
  21. ^ 木村俊彦(キムラトシヒコ、法名 玄芳俊彦、1940年 - ) 四天王寺大学 名誉教授(2011年 - )
  22. ^ 竹中智泰(タケナカトモヤス、法名 興宗智泰、1945年 - ) 花園大学 助教授 (1981 - 87年)
  23. ^ 『臨済宗の陀羅尼』に「却温神呪」「折水偈」「施餓鬼の真言陀羅尼」を追加したものと思われる。
  24. ^ 野口善敬(ノグチヨシタカ、1954年 - ) 臨済宗妙心寺派長性寺(福岡県)住職、花園大学文学部教授、花園大学国際禅学研究所所長(2015年 - )
  25. ^ 磯田熙文(イソダヒロフミ、1938年 - ) 東北大学名誉教授
  26. ^ 本多道隆(ホンダドウリュウ、1976年 - ) 文学博士 大阪府梅松院副住職 妙心寺派教化センター教学研究委員


関連項目[編集]