大崎常喜

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大崎 常喜 Football pictogram.svg
名前
カタカナ オオサキ ツネヨシ
ラテン文字 OHSAKI Tsuneyoshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1974-05-18) 1974年5月18日(45歳)
出身地 愛知県名古屋市
身長 192cm
体重 86kg
選手情報
ポジション GK
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

大崎 常喜(おおさき つねよし、1974年5月18日- )は、愛知県名古屋市出身の元サッカー選手。ブランメル仙台(現ベガルタ仙台)初代背番号1。

所属クラブ[編集]

指導歴[編集]

なし

来歴[編集]

地元の名古屋グランパスユースからトップチームに昇格(チーム第1号)するが、1994年に戦力外。同年末、東北社会人サッカーリーグのブランメル仙台に移籍。翌1995年1月の全国地域リーグ決勝大会は全試合に出場(最終戦のみ途中交代)で優勝、JFL昇格に貢献した。

1995年のJFLは、12試合に出場し39失点。[1] 翌1996年は、監督交代や選手の大幅補強の影響で1試合も出場機会がなく、同年末に戦力外通告を受けた。

1997年は、ブランメル仙台を戦力外となったアマチュア選手でつくる同好会チーム・電力ノスタルジアに所属し、フリーターとして働く(後述)。

1997年末、ブランメル仙台の監督へ復帰した鈴木武一の誘いで入団テストを受け合格、奇跡的に再入団を果たした。しかし、本格的な試合から長期間離れていた影響は大きく、けがの影響もあって1試合も出場機会がないまま、ベガルタ仙台(Jリーグ2部制導入で改称)から再び戦力外を通告され、25歳で現役引退

現在は、在宅ホスピスケアに取り組む岡部医院(名取市)で鍼灸師として働いていることが、河北新報の連載企画「夢舞台の先に・第1部 アスリート第二の人生4」(2008年2月17日朝刊)で紹介された。その中で、ブランク期間中に国分町スナックで働き、そのときに岡部医院の岡部健院長と知り合ったと書かれている。

背番号[編集]

ブランメル仙台

  • 1(1995年)
  • 21(1996年、1998年-1999年)

電力ノスタルジア

  • 不明(1997年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]