大塚ギチ

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おおつか ぎち
大塚ギチ
生年月日 1974年
出身地 北海道恵庭市
国籍 日本の旗 日本
職業
所属 有限会社アンダーセル
ジャンル
活動期間 1991年-現在
公式サイト
主な作品
  • 『TOKYOHEAD RE:MASTERED』
  • 『THE END OF ARCADIA』

大塚 ギチ(おおつか ぎち、1974年 - )は、日本編集者デザイナーライター[1]宝島社勤務のゲーム誌編集者を経て独立。主な活動領域はビデオゲームとアニメーション。

有限会社アンダーセル(UNDERSELL ltd.)代表取締役社長。自主出版レーベル〈bootleg! books〉主宰。

来歴[編集]

1991年に、ゲーム誌『HiPPON SUPER!』編集者としてJICC出版局(後の宝島社)に就職。3年後の1994年に退職してフリーランスとなる[2][3]

1995年11月、アーケードゲームバーチャファイター』のムーブメントを綴ったノンフィクション小説『トウキョウヘッド19931995』を上梓した。

1999年7月から2000年3月にかけ、ラジオ関西(当時の愛称は「AM KOBE558」)にてラジオ番組『サブカルチャー倶楽部』を制作。パーソナリティも務めた。この間、1999年8月12日付で、西島大介コヤマシゲトらと東京都新宿区にて有限会社アンダーセルを設立している[4]

2004年2月、アニメーション作品について関係著名人と語るトークライブシリーズ『UNDERSELL presents "bootleg!"』を開始。2006年9月に公開された押井守原作・脚本・監督による実写ドラマ『女立喰師列伝 ケツネコロッケのお銀』にフリールポライター「大塚ギチ男」役で出演した。

2012年8月、自主出版レーベル〈bootleg! books〉を設立する。アーケードゲームプレイヤーを主題とした17年ぶりの書き下ろし小説『THE END OF ARCADIA』をネット連載した。

2015年3月には『TOKYOHEAD RE:MASTERED』が上田誠ヨーロッパ企画)脚本・演出で『TOKYO HEAD ~トウキョウヘッド~』として舞台化される[5]

2018年7月、脳卒中に伴う転倒事故により入院。療養のため休業[6]

作品[編集]

小説[編集]

原作[編集]

  • コヤマシゲト『FOR THE BARREL "1984"』
  • コヤマシゲト『さらば青春の光』新現実 Vol.1掲載
  • コヤマシゲト『リュウ』月刊少年エース掲載
  • ヨーロッパ企画 舞台『TOKYO HEAD ~トウキョウヘッド~』2015年

連載[編集]

ムック[編集]

書籍デザイン・装幀・構成等[編集]

その他デザイン[編集]

映像[編集]

アニメーション[編集]

実写ドラマ[編集]

ラジオ[編集]

  • 『サブカルチャー倶楽部』1999年7月~2000年3月 制作・パーソナリティ

音声配信・ポッドキャスト[編集]

  • 『そこ☆あに 増刊号「THE END OF ARCADIA」vol.10』2012年 出演[9]

イベント・トークライブ[編集]

  • 『UNDERSELL presents "bootleg!"』 企画・構成・司会[10][11]
  • 『ミカド大賞』『ミカド事件簿』 企画・構成・出演
  • 『KRG&大塚ギチ トーク&サイン会』 出演
  • 『イケダミノロックのそんなカンジでおネガいします(仮)』 企画・構成・出演(第4回,第24回)
  • 『激刊ミカド学園』 企画・構成・出演
  • 『ヌルシュー部配信』 企画・出演(副部長)
  • 『春/秋のシューティングまつり』 企画[12]
  • バーチャファイター3tb世界大会』 企画[13]
  • 『イケダミノロック×大塚ギチ 2017年上半期/下半期ゲームセンター周辺事情』 企画・構成・出演

エピソード[編集]

  • 憧れの職業は漫画家と編集者。必ずどちらかになろうと決めていたが、漫画を描く努力はしなかった[3]
  • 10代の頃にケンタッキーフライドチキンでアルバイトし、やがて店長代理を任された。鶏肉の部位に詳しく、調理済みピースから鶏の形を再現できる[14][9]
  • 出版界入り直前には全国規模で中古ゲームソフトの流通商をしていた。このとき得た市場動向の知見が認められ、中古流通価格を当時毎号掲載していた『HiPPON SUPER!』編集部に採用された[3]
  • 「編集者は執筆もデザインも編集も全部できなきゃダメ」が持論。駆け出しだったイラストレーター・コヤマシゲトにも印刷工程をまるごと任せるなどスパルタ教育を施した[4]
  • 『THE END OF ARCADIA』を物した2012年以降、下火ゆえに大手ゲームマスコミが手を着けないアーケードゲーム業界、一方で脈々と続いている(主にバーチャファイター)プレイヤーたちの人間模様を書くことに使命感と面白さを見出し、ゲームセンターに“出戻って”取材を続けている[3][1]
  • 独特の運営で知られるゲームセンター・ミカド[15]の店長・池田稔と懇意であり、同店のイベントやトークライブの企画・構成を多く手がけている。池田とは『ノーコン・キッド』の仕事をきっかけに出会った[16]

出典[編集]

  1. ^ a b バーチャファイター20周年記念特設サイト” (2014年3月12日). 2018年6月14日閲覧。
  2. ^ 大塚ギチ 基本データ 職歴と学歴”. facebook. 2018年12月30日閲覧。
  3. ^ a b c d KRG&大塚ギチ トーク&サイン会 - YouTube
  4. ^ a b デザイナー コヤマシゲト インタビュー前編「個人戦じゃないアニメ現場が肌に合ってた」”. fromAしよ!!. リクルート (2016年2月24日). 2018年6月14日閲覧。
  5. ^ 伝説のノンフィクション『TOKYOHEAD:REMASTERED』を舞台化! リアルタイムモーションキャプチャー技術を導入し、3月開幕”. ファミ通.com (2015年1月16日). 2018年6月14日閲覧。
  6. ^ ミカド勢とTOKYO HEADファンへ、大塚ギチくんの近況について。”. ゲーセンミカド総合情報 店員ブログ. ミカド (2018年11月8日). 2018年12月1日閲覧。
  7. ^ 臥待 弦 (2015年2月19日). “舞台「TOKYOHEAD~トウキョウヘッド~」公演パンフレットに原作が全文掲載! 公演情報も到着”. iNSIDE. IID. 2018年12月4日閲覧。
  8. ^ 『ノーコン・キッド~ぼくらのゲーム史~』で当時のゲームセンターを忠実に再現した、キーパーソンに裏話を聞く”. ファミ通.com (2014年2月3日). 2018年11月16日閲覧。
  9. ^ a b そこあに増刊号「THE END OF ARCADIA」 vol.10”. そこ☆あに. HOTCAST WAVE (2012年9月27日). 2018年12月9日閲覧。
  10. ^ Release 2004”. KENJI KAWAI OFFICIAL SITE (2014年). 2018年12月4日閲覧。
  11. ^ 「bootleg! Vol.8〜『●●●』非公式ナイト」”. LOFT PLUS ONE (2006年9月12日). 2018年12月4日閲覧。
  12. ^ イケダミノロック (2015年3月18日). “ゲームセンターのお仕事!【番外編・第12回】”. ゲームガンバ. README Ltd.. 2019年1月25日閲覧。
  13. ^ イケダミノロック (2018年12月6日). “【ミカド店長イケダミノロックの業務日誌】世界大会について(その4)”. ゲーセンミカドのブロマガ. 2018年12月6日閲覧。
  14. ^ ミカド事件簿 2015年5月~6月号(5月号) - YouTube
  15. ^ 大塚ギチ (2013年11月15日). “稼働するものすべて新作?「高田馬場ゲーセン ミカド」から見る2013年的アーケードゲームの現状”. Yahoo!ニュース. Yahoo!JAPAN. 2017年1月15日閲覧。
  16. ^ イケダミノロックのそんな感じでおネガいします(仮) 第23回 - YouTube

外部リンク[編集]