大分AMWプロレス

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大分プロレス〜AMW〜(おおいたプロレス〜エイ・エム・ダブリュー〜)は、大分県を中心に活動するプロレス団体

特徴[編集]

試合会場ではプロレスの試合だけではなくスクリーンから流れる所属選手やキャストとのラブコメディや惨めなビンボーユニット「バカ兄弟」の貧乏脱出ストーリーやコントを上映している。

歴史[編集]

1993年1月、ジ・アッチィー福岡県福岡市に本拠地を置いてアマチュア団体「アマチュアリズム・プロレスAMW(アマチュアリズム・プロレス・エー・エム・ダブリュー)を設立。3月7日、福岡県福岡市箱崎で旗揚げ戦を開催。旗揚げ当初はプロレスと総合格闘技の2部で構成されていた。

1995年、本拠地をアッチィーの故郷大分県別府市に移転して「元気かぇ!?大分!!」を標語にかかげて大分フォーラス屋上やライブハウス「T.O.P.S Bitts HALL」で定期興行の他にイベント、ビアガーデン、お祭り、学園祭で試合を行っている。

2001年グラン浜田がトレーナー兼顧問に就任。

2002年、プロ団体化と同時に団体名を大分AMWプロレス(おおいた・エー・エム・ダブリュー・プロレス)に改称。

2004年8月から行っている夏期限定イベント「ビア☆プロ(ビアガーデンプロレス)」は夏の終わりの風物詩として注目される。プロレス活動だけではなくDJ、バンド、ダンサー、プロレスラー、格闘技が一堂に集まって昼から夜中まで行う大分の夏の名物イベント「オオイタ☆ライオット〜大分大暴動〜」をはじめ格闘技イベント、クラブイベント、ゲーム、映画、アッチィー屋台など様々なイベントを開催してプロレス団体の枠を飛び出して「大分の娯楽」としての地位を確立。

2005年2月6日大分県立荷揚町体育館が閉鎖されるため同所の最終興行に大仁田厚を招聘することに成功して大分県知事や地元新聞社、地元ファンが見守る中でノーロープ有刺鉄線ストリートファイトトルネードバリケードマットダブルヘルタッグデスマッチを行い勝利。この試合は大仁田のプロレスラー卒業マッチでもあったことから試合決定の経緯と試合結果も全国区で扱われて知名度が急上昇。

2008年ゴールデンウィークセントレジャー城島高原パーク(現:城島高原パーク)で旗揚げ15周年記念大会として4日間全7大会を開催。

2010年、団体名を大分プロレス〜AMW〜(おおいたプロレス〜エー・エム・ダブリュー〜)に改称。

アッチィーは音楽活動も行っておりジ・アッチィー&TOO HOTは大分合同新聞社公式サイトでの人気ランキングで長期間に渡り1位を記録してモータウン、60's Rock、UKインディーの影響を受けた、その音楽性も高く評価されて人気を博している。アイルランド音楽の影響を受けたTHE BLUE NEETSにドラマーとしても参加。ソロ活動としてエルヴィス・プレスリー調の「Love Me Tenryu〜愛して天龍〜」を発表するなどミュージシャンとしても幅広い活躍を見せる。タレントとしてもジャイアント白田ギャル曽根三宅智子らフードファイターとの大食い対決を行っている。またテレビ、ラジオ、雑誌、講演会、アッチィー屋台など多方面で活躍。

プロレス団体では珍しいシーズンがあり冬期は興行を開催していない。だがアッチィーの動き、他イベント、他業務ではシーズン関係なく活動している。

2016年8月に解散を発表。2017年7月23日、別府ビーコンプラザにて「大分プロレスTHE FINAL」と銘打ち解散興行を行う。ジ・アッチィー、ケンドー釜山も引退となる[1]

タイトル[編集]

  • AMW無差別級王座

所属選手[編集]

正規軍[編集]

九州地獄同盟MAD[編集]

  • ゲル・マッド首領
  • ケンドー釜山
  • 鬼地獄
  • 怪人魚魚

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

  • 小野工事

リングアナウンサー[編集]

  • 知念識人

キャスト[編集]

  • ゆい(2代目イメージガール)

過去の所属選手[編集]

過去のキャスト[編集]

  • アヤカ(初代イメージガール)
  • まりちゃん(初代ヒロイン)
  • ゆかりん(2代目ヒロイン)
  • 愛ちゃん(3代目ヒロイン)
  • グリコ(初代マッド・ブレイカーズのマネージャー)
  • ミキ(2代目マッド・ブレイカーズのマネージャー)
  • AKINA(3代目マッド・ブレイカーズのマネージャー)

脚注[編集]

外部リンク[編集]