大ソウ教

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本来の表記は「大倧教」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
大倧教の教旗「天神敎旗」

大倧教(だいそうきょう、대종교 (テジョンギョ))は、檀君を朝鮮民族の始祖として崇拝する朝鮮民族宗教である。李氏朝鮮の末期に現れた檀君を崇拝する新宗教のなかでも最大級のものであり、朝鮮の国民の統一と独自のアイデンティティの確立を求める民族主義的な動きに呼応して出現した宗教であった。外来の神を拒否し、朝鮮独自の神としての檀君を強調していた。

1909年1月15日に羅喆、呉基鎬、李沂、金允植、柳瑾らが檀君教 (단군교) を公表したのが始まりである。1910年7月30日に大倧教に名称を変更しようとした際、檀君教の名称を固守する鄭薫模と内紛を起こし、親日派の檀君教と抗日派の大倧教へと分派していった。

1915年10月に朝鮮総督府の「総督府令83号宗教統制案」により、大倧教は宗教団体に偽装した独立運動団体と規定され弾圧が激しくなると、すぐに総本司(총본사)を満州和龍県青波湖に移して徐一、朴賛翊などと共に民族教育を行い独立活動家を養成し、『神檀実記』、『神檀民史』などの本を編纂したが、これは大韓民国臨時政府の国史教科書に指定された[1][2]

建国後は、檀紀年号や開天節(개천절)を制定、弘益大学校を創立するなど影響力を発揮したが、1960年代以降、急激に衰退した。その原因としては、壬午教変など徹底的な弾圧、朝鮮戦争による混乱と北朝鮮による指導者拉致、軍事政権による排斥、西洋思想の普及、脱民族主義の拡散、教団の分裂などが挙げられている。[3]

現在大韓民国に約50~60万人の信徒がおり、施教堂60箇所余、修道院40箇所余等の組織がある。

沿革[編集]

  • 1909年1月15日、弘巌・羅喆が再建(大倧教では己酉重光と呼ぶ)、
  • 1910年7月30日 大倧教と改名。北間島に支司を設置する。
  • 1914年 本司を間島に移し、古経閣を設置し、北間島に東道本司(徐一主管)、上海に西道本司(申圭植主管)、ロシアに北道本司(李相卨)、ソウルに南道本司(姜虞主管)置く。
  • 1915年10月10日、朝鮮総督府から宗教類似団体に規定され、布教を禁じられる
  • 1916年8月15日、羅喆が九月山で自殺。
  • 1917年 全組織を和龍県に移す。
  • 1918年11月 武力抗争を標榜した「戊午独立宣言」を発表、徐一は金佐鎮らとともに義兵を集めて重光団を組織し、武力で日本に抵抗。
  • 1926年、吉林省省長の張作霖が布教を禁じる。
  • 1935年 総本部を寧安県東京城に移す。
  • 1942年 朝鮮語学会事件など徹底的な弾圧を受ける(大倧教では壬午教変と呼ぶ)。逮捕され獄死した10人(権相益、李楨、安熙済、羅正練、金書鍾、姜銕求、呉根泰、羅正紋、李昌彦、李在囿)は、「殉敎十賢」や「壬午十賢」と呼ばれる。
  • 1946年2月28日 国内帰還

近年の動向[編集]

  • 1991年9月1日、吉林省延辺朝鮮族自治州和龍市龍城鄕清湖村清湖宗山の丘陵にある羅喆、徐一、金教献の3人の墓が和龍市文物保護単位に指定される
  • 2017年8月14日、大倧教総本司は、満州で監獄生活を経験した独立運動家の国内帰還71周年を記念、彼らの人生を振り返る学術大会をソウル・世宗文化会館で開催する。[4]

大倧教の4大祝日[編集]

  • 重光節(중광절)陰暦1月15日
  • 御天節(어천절)陰暦3月15日
  • 嘉慶節(가경절)陰暦8月15日
  • 開天節(개천절)陰暦10月3日

著名な信者[編集]

  • 池錫永 種痘法を研究。韓国近代医学の父。
  • 申采浩 歴史家
  • 朴殷植 
  • 李東輝 
  • 金佐鎭 別名金中和。1889年忠清南道の両班出身。1930年暗殺される。
  • 洪命熹 作家
  • 崔南善 歴史家
  • 李範奭(1898~1972?)ソウル出身。1915年中国へ行き、雲南講武学校騎兵科に入る。三・一運動以後、間島に移り住り、軍政署士官学校の教官をつとめる。韓国成立後、国務総理、国防長官、内務長官など歴任するも1961年失脚。
  • 李始栄 大韓民国初代副大統領
  • 尹世復(1881~1960)第3代都司敎、初代総典敎。檀崖宗師と呼ばれた。
  • 李克魯(1893~1978)ハングル学者、独立運動家
  • 安在鴻 独立運動家、政治家
  • 明済世 独立運動家
  • 尹琦燮 独立運動家、政治家
  • 金枓奉 独立運動家、政治家
  • 安浩相 政治家、韓国初代文敎部長官
  • 申性模 独立運動家、政治家、韓国国防部長官
  • 鄭寅普 政治家、学者、韓国招待監察委員長

写真[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 박광용, 「대종교 관련문헌에 위작많다 2」, 《역사비평》, 1992
  2. ^ 2004年2月9日 이제는 말할 수 있다 - 독립투쟁의 대부 홍암 나철, MBC
  3. ^ 대종교, 일제에 탄압받고 '냉전과 전쟁의 최대 피해자'돼.통일뉴스.2017-8-15
  4. ^ 대종교 환국 제71주기 기념 학술회의.newscj.com.2017-8-14

外部リンク[編集]