夜ノ森駅

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夜ノ森駅
駅舎(2009年2月)
駅舎(2009年2月)
よのもり
Yonomori
富岡 (5.2km)
(4.9km) 大野
福島県双葉郡富岡町夜の森北一丁目33
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 常磐線
キロ程 253.0km(日暮里起点)
電報略号 ヨモ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
359人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1921年大正10年)3月15日
備考 簡易委託駅
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夜ノ森駅(よのもりえき)は、福島県双葉郡富岡町夜の森北一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線である。

2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)および福島第一原子力発電所事故により休止中である。

歴史[編集]

夜ノ森に駅と水利をもたらした但野芳蔵の顕彰碑

大正7年頃、[要出典]日本鉄道の基本計画は富岡小良ケ浜から熊町(大熊町熊)を通って大野へ接続する路線が計画された。また、当時川内村から産出される木材を輸送するために、富岡駅まで運ぶ必要があった。このため、上岡村(現富岡町夜ノ森)周辺に住む但野芳蔵[1][2]を中心とした有志一同により、1907年明治40年)頃からおおよそ2年に渡り、駅設置の請願がなされた[3]。但野は有志数人をつれて度々、鉄道省水戸局や東京に請願に赴いている。あわせて、当地の憲政会代議士であった半谷清壽の助力もあり、駅敷地の寄付などの五条件を満たすことにより、当地への駅設置が許可された[3]

駅の設置で一番の問題となったのが工費の負担と蒸気機関車への水の供給である。但野は富岡川から熊川の範囲を自費で建設することと水を供給する井戸(現夜ノ森駅駐輪場)、機関車に水を提供するための引込み線の提供を承諾し夜ノ森駅の建設の承諾をとりつける。但野が提供した人夫は1日1000人であった。

当初、誘致活動に熱心であった半谷は夜ノ森駅の道路建設に際して但野と対立し夜ノ森駅開発から完全に手をひく。1922年(大正11年)には夜ノ森駅開設に関わった殉職者のために慰霊祭が執り行われた。但野芳蔵の功績は夜ノ森駅駐車場に建てられた顕彰碑に刻まれている。

年表[編集]

今後の予定[編集]

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線を有する地上駅になっている。ホームは切り通しの中に置かれている。ホーム上には待合所が置かれている。

富岡駅管理の簡易委託駅

のりば[編集]

1 常磐線(上り) いわき水戸方面
2 常磐線(下り) 原ノ町仙台方面

利用状況[編集]

近年の1日の平均乗車人員は以下のとおりである。

乗車人員推移
年度 一日平均乗車人員 備考
2000 401
2001 401
2002 383
2003 383
2004 386
2005 380
2006 382
2007 391
2008 378
2009 380 [8]
2010 359 [9]
2011 営業休止 2011年3月11日以降、

原発事故により

営業休止のため

2012
2013
2014
2015
2016

駅周辺[編集]

桜の季節になると、公園周辺の公道は歩行者天国となり、ライトアップされた夜桜を堪能できる。(2008年4月12日)

2013年現在、福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域に位置するため、駅構内およびロータリー付近への立入は禁止されている。当駅付近の常磐線より西側は居住制限区域となっており立ち入り可能(宿泊は禁止)であるため、駅構内の様子を帰還困難区域外から見ることは可能。

路線バス[編集]

駅前「夜の森駅前」バス停から新常磐交通が発着

ツツジ[編集]

改札外から夜ノ森駅ホームを望む 2009年6月14日撮影

夜ノ森の名所として有名であるが、当駅はツツジの名所として有名である。ホームの両側1kmほどの範囲に約6000株のツツジが植えられており、1981年(昭和56年)には「花と緑の駅コンクール」最優秀賞[10]1986年にはツツジが富岡町の花となり[11]2002年(平成14年)に東北の駅百選に選定された。ツツジが咲く季節である5月には、線路両側の斜面がツツジの花で覆われた。

起源・震災前[編集]

ツツジの移植の起源は当時東京で暮らしていた半谷が東京五反田にある山手線駒込駅の土手[11]に植えられたツツジを見て「夜ノ森」という暗いイメージを「花の森」にしたいと1939年(昭和14年)からツツジを移植したのがはじまりである。その後、但野芳美・田中武雄をはじめとする有志が再移植し現在にいたっている。地域住民により年1度、下草刈りなどのボランティア活動も行われている[10]。 ツツジのシーズンには「スーパーひたち」が当駅を減速して通過した[12][10]。簡易委託駅であったため、発券できる券種は限定されていたため、通常は入場券の発売をしていないが、ツツジ花見客のために花のシーズンのみに限り入場券を発売した。

伐採・再生[編集]

震災後、福島第一原子力発電所からおよそ7㎞の地点にある当駅構内は帰還困難区域に含まれた。このため当駅を含む富岡 - 浪江間は比較的高い放射線量の区間がある(空間線量率平均4.1μSv/h 当駅付近もほぼ同等[13])。

2016年3月18日より順次着手している除染・復旧工事ではバラストやまくらぎの交換のほか、除草・伐採、のり面・路盤のすきとり、モルタル・植生基材吹付がおこなわれる[14][15][16]。この除染に当たり、2016年8月にJR東日本からツツジの伐採の方針が示され[10]、富岡町は再考を求めた。JR側は一部を駅舎北側に移植する案を示したが、樹皮や周辺土壌の放射性物質濃度は1キロ当たり数万ベクレルに及ぶため、町では風評を考え移設を断念し、高圧洗浄しても枯れる可能性が高いことから伐採・現地再生と植樹を行う方針となった[11]

これにより既存のものは幹10cmを残して伐採し、表土剥ぎ取り、被覆材吹付を行うほか、新たな花壇を設け、避難指示解除時期にあわせ新たな苗木を植える計画である[17]。なお富岡町で樹木医に相談したところ開花まで伐採後5年かかると見込んでいる[11][17]

隣の駅[編集]

東日本旅客鉄道
常磐線
富岡駅 - 夜ノ森駅 - 大野駅

脚注[編集]

  1. ^ 但野芳蔵翁伝 富岡町教育委員会
  2. ^ わたしたちの町とみおか-024 4.きょうどを開いた人々 - 富岡町教育委員会
  3. ^ a b 富岡町史編纂委員会、「富岡町史 第一巻 通史」、富岡町、1988年、929頁
  4. ^ 大蔵省印刷局、『官報 1921年03月02日(第二千五百七十一號) 鐵道省告示第十九號』、1921年、34頁
  5. ^ a b 富岡町史編纂委員会、「富岡町史 第一巻 通史」、富岡町、1988年、930頁
  6. ^ “JR東日本、常磐線小高~原ノ町間は7月12日再開…避難指示解除受け”. =レスポンス. (2016年6月1日). http://response.jp/article/2016/06/01/276190.html 2016年7月31日閲覧。 
  7. ^ 常磐線の全線運転再開について (PDF)”. 東日本旅客鉄道株式会社 (2016年3月10日). 2016年7月31日閲覧。
  8. ^ 第125回 福島県統計年鑑2011、福島県企画調整部統計分析課編、2011年
  9. ^ 第126回 福島県統計年鑑2012、福島県企画調整部統計分析課編、2011年
  10. ^ a b c d 消える富岡のシンボル 夜ノ森駅のツツジ撤去へ”. 福島民報社. p. 東日本大震災「福島第一原発事故」アーカイブ (2016年10月4日). 2016年12月14日閲覧。
  11. ^ a b c d 曽根田和久 (2017年1月27日). “ツツジ、また咲くか…除染で伐採、住民ら再生へ”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/articles/20170128/k00/00e/040/271000c 2017年1月30日閲覧。 
  12. ^ ツツジの構内を低速運転 福島・JR夜ノ森駅”. 産経新聞 (2010年5月7日). 2010年5月7日閲覧。[リンク切れ]
  13. ^ 原子力被災者生活支援チーム水・大気環境局・環境省 (2015年3月27日). “資料3-1 JR常磐線の空間線量調査結果”. 浜通りの復興に向けたJR常磐線復旧促進協議会 第2回 議事次第. 国土交通省. 2016年12月13日閲覧。
  14. ^ “JR常磐線の全線開通の見通しについて” (プレスリリース), 国土交通省, (2016年3月10日), http://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo05_hh_000074.html 2016年3月10日閲覧。 
  15. ^ “常磐線の全線運転再開の見通しについて” (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2016年3月10日), http://www.jreast.co.jp/press/2015/20160307.pdf 2016年3月10日閲覧。 
  16. ^ “常磐線、20年3月までに全線再開 JR東が発表”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2016年3月10日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG10H85_Q6A310C1CR8000/ 2016年3月14日閲覧。 
  17. ^ a b 夜ノ森駅ツツジ現地再生 除染伐採後の幹活用 JRに要望”. 福島民報社 (2016年11月25日). 2016年12月14日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]