多摩豊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

多摩 豊(たま ゆたか、1962年1月27日 - 1997年12月18日)は、日本編集者ゲームデザイナーゲーム評論家翻訳家である。

生涯[編集]

東京都出身。1984年慶應義塾大学法学部卒業。 門倉直人とともにゲームサークル「慶應HQ(Keio Head Quarter Simulation Game Club)」に所属した[1]1986年には安田均と共に日本初のテーブルトークRPG月刊情報誌「ウォーロック THE FIGHTING FANTASY MAGAZINE」を創刊。編集長の職を1989年11月Vol.35まで務めた。

その後フリーのゲームデザイナー、評論家として活動し、パソコン通信ニフティサーブSFフォーラムを管理する初代シスオペでもあった。

20歳の頃から膠原病を罹い闘病生活を続けながらの執筆活動であったが1997年12月18日に死去。享年35。

主な著作[編集]

評論[編集]

小説[編集]

ゲームブック[編集]

翻訳[編集]

雑誌掲載の記事など[編集]

  • 「TOKYO DUNGEON 暗黒のビジョン」 作者:デビット・L・アーソン 原案:ロー・R・アダムズIII世 (マル勝PCエンジン 1992年5月号~1992年12月号に掲載)翻訳。未完状態
  • 「ウィザードリィ開発秘話 絶望のダンジョンを越えて」(雑誌ログアウト・ノベルスペシャル 1993年1月12日発行に掲載)
  • 「言葉の壁を越えて」(月刊ログアウト 1995年1月号掲載)ウィザードリィ日本語移植に関する秘話

テーブルトークRPG[編集]

パソコンゲーム[編集]

カードゲーム[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 近藤 1988, p. 26.

参考文献[編集]

  • 近藤功司「ゲームの殿堂:業務連絡、業務連絡、多摩さんと門倉さんは、他のページを読んで下さい…… 〜ハヤカワ・ゲームブックの近況から〜」『ウォーロック』VOL.13、社会思想社、1988年1月1日、 26 - 27頁、 ISBN 4-390-80013-2