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多元論 (哲学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

多元論(たげんろん、英語: pluralism)、または多元主義(たげんしゅぎ)とは、哲学で用いられる用語で、多元性の世界観を指し、しばしば一元論(すべては一であるとする見方)あるいは二元論(すべては二であるとする見方)に対置して用いられる。この用語は形而上学存在論認識論論理学においてそれぞれ異なる意味をもつ。形而上学においては、これは自然のなかに実在を構成する実際に多くの異なる実体がある、とする見方である。存在論においては、多元論は存在の異なる仕方、種類、ないし様式を指す。たとえば、存在論的多元論における主題の一つは、「人間」や「車」のようなものの存在様式と、「数」や科学で用いられる他の概念のようなものの存在様式の比較である[1]

認識論においては、多元論は、世界についての真理に近づく一貫した手段は一つではなく多数ある、とする立場である。これはしばしばプラグマティズム、あるいは概念的、文脈的、ないし文化相対主義と結びつけられる。科学哲学においては、それぞれの関連する領域を正確に記述するとはいえ通約不可能である、共存する科学的パラダイムを受け入れることを指しうる。論理学においては、多元論は、正しい論理は一つではない、あるいは正しい論理は二つ以上ある、という比較的新しい見方である[2]。たとえばほとんどの場合で古典論理を用いるが、特定のパラドックスを扱うのには矛盾許容論理を用いる、といったものである。

形而上学的多元論

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哲学における形而上学的多元論は、見かけ上現れる仕方でも論理が許容する仕方でも、実在の構造および内容の形而上学的モデルが多数あるとするものである[3]。これはプラトン『国家』のなかの四つの関連したモデル[4]、および現象主義物理主義とのあいだの対立のなかで発展してきたものに見られる。多元論は形而上学における一元論の概念に対置され、二元論は、ちょうど二つのモデル、構造、要素、ないし概念に限られる多元論の限定された形態である[5]。実在の諸領域の形而上学的同定[6]と、それらの領域のそれぞれに何が存在するかを検討する存在論的多元論および、それらの領域についての知識を確立する方法論である認識論的多元主義というより限定された下位分野とのあいだに区別がなされる。

古代の多元論

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古代ギリシアでは、エンペドクレスはそれら(根本要素)は火、空気、水、土であると書いた[7]。彼は「元素」(στοιχεῖον, stoicheion——これは後にプラトンに現れる)ではなく「根」(ῥίζωμα)という語を用いた[8]。これらの破壊不可能で不変な根本要素の結合(φιλία, philia)と分離(νεῖκος, neikos)から、比(λόγος, logos)と比例(ἀνάλογος, analogos)の充満(πλήρωμα, pleroma)のうちにすべての事物が生じたのである。

エンペドクレスと同様に、アナクサゴラスもまた多元論との結びつきをもつ古典ギリシアの哲学者であった。彼の形而上学の体系は機械的に必然化されたヌースνοῦς, nous)を中心にしている。これは実在のさまざまな「根」(「ホモイオネロイ」(ὁμοιομερῆ, homoiomeroi)として知られる)を支配し、結合し、拡散させる[9]。エンペドクレスの四つの「根本要素」とは異なり、またデモクリトスの多数の原子(ただし本性上物理的ではない)に似て、これらの「ホモイオネロイ」はアナクサゴラスによって実在と生成の多元性を説明するために用いられた[10]。この多元論的な存在の理論は、後の思想家、たとえばゴットフリート・ライプニッツモナド論ユリウス・バーンセン英語版意志的ヘナデス論英語版に影響を与えた。支配的ヌースという観念はソクラテスプラトンにも用いられたが、両者は彼らの哲学体系のなかでヌースにより能動的かつ理性的な役割を割り当てるであろう。

アリストテレスはこれらの要素を取り込んだが、彼の実体多元論は本質的には物質的ではなかった。彼の質料形相理論は、ミレトス学派に倣って基本物質要素の還元された集合英語版を保持することを可能にしつつ、ヘラクレイトスの絶えず変化する流動とパルメニデスの不変の一性に答えることを可能にした。彼は『自然学』のなかで、ゼノンのパラドックスの連続性、および自然科学のための論理的・経験的考慮の両方から、空虚原子の基本的二元性を措定したレウキッポスデモクリトス原子論に対して数多くの議論を提示した。原子は無限に多様な還元不可能なものであり、あらゆる形と大きさをもち、空虚のなかでランダムに衝突し機械的に結びつき、それゆえ変化する形、秩序、位置を不変の原子の集合体として還元的に説明するものとされた[11]

存在論的多元論

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存在論的多元論の主題は、存在の異なる仕方、種類、ないし様式を論じる。存在論的多元論に対する近年の注目は、多くの論文で存在論的多元論を擁護してきたクリス・マクダニエルの仕事に起因する。この教説の名前はジェイソン・ターナーに由来し、彼はマクダニエルに従って次のように示唆する。「現代的装いにおいて、それは、実在を論理的に明晰に記述するには、単一の領域にわたるものとして考えることのできない複数の量化子を用いることになるであろう、という教説である」[12]。「数や、虚構の人物や、不可能なものや、穴がある。しかし、われわれはこれらの事物のすべてが車や人間と同じ意味で存在するとは考えない」[1]

映画、小説、その他の虚構ないし仮想の物語を「実在」ではないと呼ぶことはよくある。それゆえ、映画や小説のなかの人物は実在ではない——ここで「実在世界」とはわれわれが生きる日常世界である。しかし、虚構はわれわれの実在の概念に情報を与え、それゆえある種の実在をもつ、と論じる著者もいる[13][14]

ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン言語ゲームの観念のある読み方によれば、包括的・単一の・根本的な存在論はなく、ただ重なり合い相互に結びついた、必然的に一方から他方へと導かれる存在論のパッチワークがあるにすぎない。たとえばウィトゲンシュタインは、技術的語彙としての「数」と、より一般的な用法における「数」を論じる。

「『よろしい。「数」の概念は、君に、これらの個別の相互関連した概念——基数、有理数、実数等々——の論理的総和として定義されているのだ』(中略)——必ずしもそうである必要はない。なぜなら私は「数」の概念にこの仕方で厳格な限界を与えることができる、すなわち「数」という語を厳格に限定された概念のために用いることができる。しかし私はそれをまた、概念の外延が境界によって閉じられていない仕方で用いることもできる。(中略)君は境界を与えうるか。否。君は境界を引くことができる……」
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、『哲学探究』第68節からの抜粋

ウィトゲンシュタインは、「数」のあらゆるバージョンの基礎にある単一の概念を同定することは可能ではなく、むしろ相互に結びついた多くの意味があって、一方が他方へと移行する、と示唆する。語彙は有用であるために技術的意味に限定される必要はなく、実際、技術的意味はある特定の文脈のなかでのみ「正確」なのである。

エクルンドは、ウィトゲンシュタインの構想が、特殊な事例として、技術的に構築された、大部分自律的な、カルナップの「言語の形式」あるいは「言語的枠組み」、およびカルナップ的存在論的多元論を含むと論じてきた。彼はカルナップの存在論的多元論を、イーライ・ヒルシュ英語版ヒラリー・パトナムのような他の哲学者の文脈に位置づける[15]

認識論的多元論

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認識論的多元論とは、特定の領域の完全な記述に到達するために、事物を知る異なる仕方、すなわち異なる認識論的方法論を指すために、哲学および他の研究分野で用いられる用語である[16]科学哲学においては、認識論的多元論は還元主義に対する反対のなかで、少なくともいくつかの自然現象は単一の理論によって完全には説明できず、単一のアプローチによって完全に探究できない、という対立する見方を表現するために生じた[16][17]

論理的多元論

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論理的多元論」(英語: logical pluralism)はいくつかの仕方で定義しうる。すなわち、論理的帰結についての正しい説明が二つ以上ある(あるいは、単一の「正しい」説明はまったくない)とする立場、論理定項の正しい集合が二つ以上あるとする立場、あるいは「正しい」論理は考察中の関連する論理的問いに依存するとする立場(一種の論理的道具主義)などである[18]。論理的帰結についての多元論は、異なる論理体系が異なる論理的帰結関係をもつのだから、正しい論理は二つ以上ある、と述べる。たとえば、古典論理は爆発からの議論を妥当な議論とみなすが、グレアム・プリーストの矛盾許容論理「LP」(「パラドックスの論理」)では、これは妥当ではない議論である[19]。しかし、論理的一元論者は、論理理論が複数あることは、それらの理論のうちのいずれか一つだけが正しいということを意味しない、と応じうる。なんと言っても、物理学にも多数の理論があり、現在もあるが、それゆえそれらすべてが正しいということにはなっていない。

道具主義的種類の多元論者は、論理が正しくありうるとすれば、それは考察中の論理的問いに答える能力にもとづくとする。曖昧な命題を理解したいならば、多値論理が必要かもしれない。あるいは嘘つきのパラドックスの真理値が何かを知りたいならば、真矛盾論的な矛盾許容論理が必要かもしれない。ルドルフ・カルナップはある種の論理的多元論を保持していた。

論理においては道徳はない。誰もが自身の論理、すなわち自身の言語を、欲するように構築する自由をもつ。彼に要求されるのはただ、もしそれを論じたければ、自身の方法を明確に述べ、哲学的議論ではなく統語論的規則を与えなければならない、ということだけである。
ルドルフ・カルナップ、『言語の論理的構文論』第17節からの抜粋

脚注

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  1. 1 2 Joshua Spencer (2012-11-12). “Ways of being”. Philosophy Compass 7 (12): 910–918. doi:10.1111/j.1747-9991.2012.00527.x.
  2. Beall, JC; Restall, Greg (2000). “Logical Pluralism”. Australasian Journal of Philosophy 78 (4): 475–493. doi:10.1080/00048400012349751.
  3. Pluralism”. Philosophy Pages. Encyclopædia Britannica. 2026年5月19日閲覧。
  4. Plato, Republic, Book 6 (509D–513E)
  5. D. W. Hamlyn (1984). “Simple substances: Monism and pluralism”. Metaphysics. Cambridge University Press. pp. 109 ff. ISBN 978-0521286909
  6. Wayne P. Pomerleau (2011年2月11日). “Subsection Realms of reality in article on William James”. Internet Encyclopedia of Philosophy.
  7. Diels–Kranz, Simplicius Physics, frag. B-17
  8. Plato, Timaeus, 48 b–c
  9. Curd, Patricia (2015). “Anaxagoras”. Stanford Encyclopedia of Philosophy. Metaphysics Research Lab, Stanford University.
  10. Anaxagoras. Fragments of Anaxagoras
  11. Aristotle, Metaphysics, I, 4, 985
  12. Jason Turner (2012-04). “Logic and ontological pluralism”. Journal of Philosophical Logic 41 (2): 419–448. doi:10.1007/s10992-010-9167-x.
  13. Deborah A Prentice; Richard J Gerrig (1999). “Chapter 26: Exploring the boundary between fiction and reality”. In Shelly Chaiken; Yaacov Trope. Dual-process theories in social psychology. Guilford Press. pp. 529–546. ISBN 978-1572304215
  14. Hector-Neri Castañeda (1979-04). “Fiction and reality: Their fundamental connections: An essay on the ontology of total experience”. Poetics 8 (1–2): 31–62. doi:10.1016/0304-422x(79)90014-7.
  15. Matti Eklund (2009). “Chapter 4: Carnap and ontological pluralism”. In David J Chalmers; David Manley; Ryan Wasserman. Metametaphysics: New Essays on the Foundations of Ontology. Clarendon Press. pp. 130–156. ISBN 978-0199546008
  16. 1 2 Stephen H Kellert; Helen E Longino; C Kenneth Waters (2006). “Introduction: The pluralist stance”. Scientific pluralism; volume XIX in Minnesota Studies in the Philosophy of Science. The University of Minnesota Press. p. vii. ISBN 978-0-8166-4763-7
  17. E Brian Davies (2006年). Epistemological pluralism”. 2026年5月19日閲覧。
  18. Logical Pluralism”. Stanford Encyclopedia of Philosophy. 2016年7月28日閲覧。
  19. Priest, Graham (1979). “The Logic of Paradox”. Journal of Philosophical Logic 8 (1): 219–241. doi:10.1007/BF00258428. JSTOR 30227165.

関連文献

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関連項目

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