多々良敦斗
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名前 | ||||||
愛称 | アツ、アツト | |||||
カタカナ | タタラ アツト | |||||
ラテン文字 | TATARA Atsuto | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1987年6月23日(37歳) | |||||
出身地 | 静岡県静岡市 | |||||
身長 | 178cm | |||||
体重 | 72kg | |||||
選手情報 | ||||||
在籍チーム | ブランデュー弘前FC | |||||
ポジション | DF | |||||
背番号 | 3 | |||||
利き足 | 右足 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2009-2014 | 松本山雅FC | 159 | (6) | |||
2015 | ベガルタ仙台 | 11 | (1) | |||
2016-2017 | ジェフユナイテッド千葉 | 30 | (0) | |||
2018 | ロアッソ熊本 | 14 | (0) | |||
2019-2022 | FCマルヤス岡崎 | 57 | (1) | |||
2022-2023 | ラインメール青森 | 43 | (1) | |||
2024- | ブランデュー弘前FC | |||||
1. 国内リーグ戦に限る。2024年4月6日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
多々良 敦斗(たたら あつと、1987年6月23日 - )は、静岡県出身のサッカー選手。東北社会人サッカーリーグ1部・ブランデュー弘前FC所属。ポジションはDF。
来歴
[編集]清水東高校では後の日本代表の内田篤人と同級生。高校卒業後、東海学生リーグの強豪校である静岡産業大学に進学。後のチームメイトとなる村山智彦らと共に、総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントの準優勝(2007年)、ベスト4(2009年)などに貢献した。
2010年、JFLの松本山雅FCに加入。加入初年度からコンスタントに出場機会を得た。2011年には主力としてJ2昇格に貢献。天皇杯3回戦のアルビレックス新潟戦では、前半5分のコーナーキックに頭で合わせて値千金の先制点を叩き込み、ジャイアントキリングの立役者となった。このゴールが「天皇杯を象徴するゴール」であるとしてSURUGA I DREAM Awardに選ばれた。
J2に昇格した2012年は、3バックの一角として全試合に先発フル出場を果たした。連続フル出場記録は2013年4月17日のガンバ大阪戦まで続いて51試合、連続出場記録は2014年4月5日のコンサドーレ札幌戦まで続いて90試合を記録した。
2015年1月6日、ベガルタ仙台に完全移籍することが発表された[1][2]。
2015年12月30日、ジェフユナイテッド市原・千葉への完全移籍が発表された[3]。2016年シーズンは右サイドバック、翌2017年シーズンはセンターバックで主にプレーした。2017年12月5日、千葉を契約満了となったことが発表された[4]。2017年12月28日にロアッソ熊本へ移籍することが発表された[5]。
2018年シーズンは怪我の影響で出番は限られた。持ち前のキック精度を活かすシーンは少なく、 同シーズン限りで契約満了となり退団[6]。 同年12月13日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した[7]。
2022年6月20日に契約解除し、FCマルヤス岡崎を退団[9]。 7月11日、ラインメール青森へ加入することが発表された[10]。
2023年シーズン終了後、ラインメール青森を退団[11]。
2024年、ブランデュー弘前FCへ加入した[12]。
所属クラブ
[編集]- 静岡市立東豊田小学校
- 静岡市立東豊田中学校
- キューズFC(現ロプタ静岡)
- 静岡県立清水東高等学校
- 2006年 - 2009年 静岡産業大学
- 2010年 - 2014年 松本山雅FC
- 2015年 ベガルタ仙台
- 2016年 - 2017年 ジェフユナイテッド市原・千葉
- 2018年 ロアッソ熊本
- 2019年 - 2022年6月 FCマルヤス岡崎
- 2022年7月 - 2023年 ラインメール青森
- 2024年 - ブランデュー弘前FC
個人成績
[編集]国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2010 | 松本 | 23 | JFL | 23 | 0 | - | 2 | 0 | 25 | 0 | |
2011 | 26 | 1 | - | 3 | 1 | 29 | 2 | ||||
2012 | J2 | 42 | 3 | - | 1 | 0 | 43 | 3 | |||
2013 | 42 | 1 | - | 2 | 0 | 44 | 1 | ||||
2014 | 26 | 1 | - | 1 | 0 | 27 | 1 | ||||
2015 | 仙台 | 33 | J1 | 11 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 | 15 | 1 |
2016 | 千葉 | 5 | J2 | 22 | 0 | - | 0 | 0 | 22 | 0 | |
2017 | 8 | 0 | - | 1 | 0 | 9 | 0 | ||||
2018 | 熊本 | 13 | 14 | 0 | - | 1 | 0 | 15 | 0 | ||
2019 | マルヤス | 33 | JFL | 16 | 0 | - | - | 16 | 0 | ||
2020 | 10 | 0 | - | 3 | 0 | 13 | 0 | ||||
2021 | 22 | 1 | - | - | 22 | 1 | |||||
2022 | 9 | 0 | - | - | 9 | 0 | |||||
青森 | 15 | 0 | - | - | 15 | 0 | |||||
2023 | 3 | 28 | 1 | - | - | 28 | 1 | ||||
2024 | 弘前 | 東北1部 | - | ||||||||
通算 | 日本 | J1 | 11 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 | 15 | 1 | |
日本 | J2 | 154 | 5 | - | 6 | 0 | 160 | 5 | |||
日本 | JFL | 149 | 3 | - | 8 | 1 | 157 | 4 | |||
日本 | 東北1部 | - | |||||||||
総通算 | 314 | 9 | 3 | 0 | 15 | 1 | 342 | 10 |
脚注
[編集]- ^ 多々良敦斗選手 ベガルタ仙台へ完全移籍のお知らせ 松本山雅FC公式HP 2015年1月6日(2015年1月6日閲覧)。
- ^ 『松本山雅FC 多々良敦斗選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2015年1月6日 。2015年1月6日閲覧。
- ^ 多々良敦斗選手加入のお知らせ ジェフユナイテッド市原・千葉 2015年12月30日(2015年12月30日閲覧)。
- ^ 契約満了選手のお知らせ ジェフユナイテッド市原・千葉 2017年12月5日(2017年12月7日閲覧)
- ^ 『多々良 敦斗選手、ジェフユナイテッド千葉より完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)ロアッソ熊本、2017年12月28日 。2017年12月28日閲覧。
- ^ “J3自動降格圏内の熊本、8選手の契約満了を発表”. ゲキサカ (2018年11月22日). 2022年12月3日閲覧。
- ^ “2018 JPFAトライアウト(2日目)”. sportsnavi (2018年12月12日). 2022年12月3日閲覧。
- ^ 多々良 敦斗選手 完全移籍加入のお知らせ マルヤス工業フットボールクラブ 2019年1月17日(2019年1月18日閲覧)。
- ^ 『多々良敦斗 選手 退団のお知らせ』(プレスリリース)FCマルヤス岡崎、2022年6月20日 。2022年7月7日閲覧。
- ^ 『多々良敦斗選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)ラインメール青森、2022年7月11日 。2022年7月11日閲覧。
- ^ 『多々良敦斗選手 退団のお知らせ』(プレスリリース)ラインメール青森、2023年11月27日 。2023年12月24日閲覧。
- ^ 『多々良 敦斗選手 完全移籍にて加入のお知らせ』(プレスリリース)ブランデュー弘前FC、2024年1月16日 。2024年4月6日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 多々良敦斗 (@atsutotatara) - X(旧Twitter)
- 多々良敦斗 (@atsuto.t) - Instagram
- 多々良敦斗 - Soccerway.com
- 多々良敦斗 - FootballDatabase.eu
- 多々良敦斗 - WorldFootball.net
- 多々良敦斗 - Transfermarkt.comによる選手データ
- 多々良敦斗 - J.League Data Siteによる選手データ