外交儀礼

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外交儀礼(がいこうぎれい、フランス語: diplomatie protocole英語: diplomatic countesy)とは、外交上の儀礼のこと[1]である。国際儀礼などともいう[2]

外交儀礼とは[編集]

外交儀礼とは外交文書の交換や会談、式典など国家間の外交で交わされる儀礼を指す。かつて、大英帝国ジョージ・マカートニー乾隆帝に拝謁する際、三跪九叩頭の礼をとることを断り、英国女王に対するのと同じように、片膝を着く礼式をとった。マカートニーの主張は、清の求める拝礼は伝統的に中国皇帝への服属または下位に立つことを承認する朝貢外交に基づく礼式(朝貢儀礼)であるというもの。つまり、英国は清の朝貢国ではなく対等であるというもので、謁見そのものは滞りなく行われたが、英国側の目的であった清の港湾の開港と英中通商条約の調印は実現しなかった。一連の事象は国家間の外交において儀礼の重要性を示すものと見ることができる。

現在、多くの国家が採用する外交儀礼の起源はキリスト教文化の根強い西洋にあり、ローマ教皇神聖ローマ皇帝や各国の国王に使節を派遣し、これを接受する国々では宗教儀礼に基づく儀礼方式に基づくものであった。宗教色そのものは近代国家へ移行する過程で次第に消えていったが、外交慣行の形式としては多くの面でキリスト教伝来の名残が見られる[1]

また、外交の舞台では外交官階級は国の象徴として考えられており、大使同士の席次争いが決闘に発展することもあった。外交官の席次については、1815年ウィーン会議1818年エクス・ラ・シャベル会議で解決が図られ、同級の大使については着任順とされ、外交官の言葉遣いについても外交辞令というように直接的な表現を避け、婉曲した表現が用いられるようになった。冷戦時代、ソ連米国を挿し、「アメリカ帝国主義」という際、共産党機関紙で行い、政府機関紙では書かれなかったのは、ソ連政府が国家の間では相手国を批難すべきではないという礼儀の意識があったためとされる[3]

公式の宴席では招待者の正面右手から最古参の大使の席、次に古参の大使が正面左の席というように順序付けられ、以下同様に公使、代理公使の席が定められる。外交官は駐在国にとって、外交相手国の宮廷晩餐会など宮廷外交の場やレセプションなど公私の宴席への出席はもちろんのこと、自ら宴席を設ける必要もあることから、外交儀礼の配慮は非常に重要なものであった。しかし、現代では貴族上流階級だけが任官していた時代と異なり、モーニング燕尾服を着用しなければならない場面ばかりでもなく、最近は平服や民族衣装をすることも増えてきている。現在、国際社会では全体的な規則はなく国ごとにさまざまな慣習があり、外交儀礼のありようも多様化しつつある[3]。なお、外交儀礼では外交相手国の元首要人、大使をはじめとする外交官および夫人官職爵位学位称号のほか敬称についても一定の礼式が定められている[2]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 加藤友康『歴史学事典7 戦争と外交』(弘文堂1999年)69頁参照。
  2. ^ a b 外務省地方連携室 杉田明子著「国際儀礼の基本講座13 (PDF) 』」(外務省、2013年) 1頁参照。
  3. ^ a b 加藤友康前掲書(弘文堂、1999年)70頁参照。

参照文献[編集]

行政資料[編集]

文献資料[編集]

  • 加藤友康編『歴史学事典7 戦争と外交』(弘文堂、1999年)ISBN 433521037X

関連項目[編集]