夕顔 (駆逐艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
IJN No46 patrol boat in 1940.jpg
「第46号哨戒艇」時代(1940年)
艦歴
計画 1918年度(八六艦隊案
起工 1922年5月15日
進水 1923年4月14日
就役 1924年5月31日(第十二駆逐艦)
転籍 1940年4月1日 哨戒艇
その後 1944年11月10日沈没
除籍 1945年1月10日
性能諸元
排水量 基準:820トン
全長 83.8m
全幅 8.08m
吃水 2.51m
主缶 ロ号艦本式缶3基
機関 オールギアードタービン2基2軸
21,500shp
最大速力 35.5ノット
航続距離
乗員
兵装 12.0cm単装砲3基
6.5mm単装機銃2基
53cm連装発射管2基4門

夕顔(ゆうがお/ゆふがほ)は、日本海軍駆逐艦若竹型駆逐艦の6番艦である。

艦歴[編集]

歴代艦長[編集]

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。階級は就任時のもの。

艤装員長[編集]

  • 丸山良雄 少佐:1924年3月20日[1] -

駆逐艦長[編集]

  • 丸山良雄 少佐:1924年5月31日 - 11月10日[2]
  • 徳富太多雄 大尉:1924年11月10日[2] - 1925年12月1日[3]
  • (兼)中原達平 少佐:1925年12月1日 - 1926年11月1日[4]
  • 平塚四郎 少佐:1926年11月1日 - 1929年11月1日
  • 有賀幸作 大尉:1929年11月1日 - 1930年12月1日
  • 天谷嘉重 大尉:1930年12月1日 - 1931年10月15日[5]
  • 石畑四郎 少佐:1931年10月15日[5] - 1932年12月1日[6]
  • 西川一男 大尉:1932年12月1日[6] - 1934年1月15日[7]
  • 磯久研磨 少佐:1934年1月15日 - 11月15日
  • 鈴木正明 少佐:1934年11月15日[8] - 1935年10月31日[9]
  • 安並正俊 大尉:1935年10月31日[9] - 1936年7月21日[10]
  • 大石新一 少佐:1936年7月21日[10] - 1936年12月1日[11]

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第3471号、大正13年3月22日。
  2. ^ a b 『官報』第3666号、大正13年11月11日。
  3. ^ 『官報』第3982号、大正14年12月2日。
  4. ^ 『官報』第4258号、大正15年11月2日。
  5. ^ a b 『官報』第1441号、昭和6年10月16日。
  6. ^ a b 『官報』第1778号、昭和7年12月2日。
  7. ^ 『官報』第2109号、昭和9年1月16日。
  8. ^ 『官報』第2364号、昭和9年11月16日。
  9. ^ a b 『官報』第2651号、昭和10年11月2日。
  10. ^ a b 『官報』第2866号、昭和11年7月22日。
  11. ^ 『官報』第2976号、昭和11年12月2日。

参考文献[編集]

  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』普及版、光人社、2003年。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 官報