壬生寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
壬生寺
Mibu-dera Kyoto Japan01s3.jpg
本堂と千体仏塔
所在地 京都府京都市中京区坊城通仏光寺上ル壬生梛ノ宮町31
位置 北緯35度0分5.76秒 東経135度44分36.02秒 / 北緯35.0016000度 東経135.7433389度 / 35.0016000; 135.7433389 (壬生寺)座標: 北緯35度0分5.76秒 東経135度44分36.02秒 / 北緯35.0016000度 東経135.7433389度 / 35.0016000; 135.7433389 (壬生寺)
宗派 律宗
寺格 大本山
本尊 地蔵菩薩(重要文化財)
創建年 991年正暦2年)
開基 快賢
別称 地蔵院、宝幢三昧寺
札所等 洛陽三十三所観音霊場28番(中院)
京都十二薬師霊場4番
文化財 木造地蔵菩薩立像、錫杖、列仙図屏風、大念仏堂(重要文化財)
壬生狂言(重要無形民俗文化財)、壬生六斎念仏踊り(重要無形民俗文化財)
テンプレートを表示
壬生塚
盂蘭盆の万灯会
千体仏塔
壬生狂言


壬生寺(みぶでら)は、京都市中京区壬生にある律宗大本山の寺院である。本尊は地蔵菩薩、開基は園城寺(三井寺)の僧快賢である。中世に寺を再興した融通念仏円覚上人が創始したとされる「大念仏狂言」を伝える寺として、また新選組ゆかりの寺としても知られる。古くは地蔵院、宝幢三昧寺[1]、心浄光院と号した。

歴史[編集]

園城寺(三井寺)の僧快賢が、991年正暦2年)に自身の母のために建立したとされる。京都では珍しい律宗(総本山は奈良・唐招提寺)寺院である。

中世に融通念仏円覚上人が中興。大念仏会の際に上演される重要無形民俗文化財の「壬生大念仏狂言」(壬生狂言)は円覚上人が始めたものと伝えられる[2]

江戸時代後期の幕末には京都の治安維持を目的に活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠が壬生村の八木家に置かれた。当寺境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われたという。その縁で境内には局長近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある(近藤勇の墓とされるものは、当所以外にも会津若松市三鷹市などに存在する)。

当寺旧本尊の地蔵菩薩半跏像(鎌倉時代後期の作)は、「壬生地蔵」と呼ばれ信仰を集めていたが、1962年(昭和37年)7月25日、放火により本堂とともに焼失した。現在の本尊・地蔵菩薩立像は、火災後に本山の唐招提寺から移されたものである。

境内[編集]

現在の本堂は1970年(昭和45年)の再建である。境内には他に大念仏堂(狂言舞台、重要文化財)、近藤勇銅像、壬生塚、千体仏塔(パゴダ様式の仏塔に1000体の石仏を円錐形に安置したもの)などがある。

文化財[編集]

重要文化財[編集]

  • 木造地蔵菩薩立像(唐招提寺旧蔵、平安時代)
  • 錫杖(しゃくじょう)
  • 紙本墨画淡彩列仙図 長谷川等伯筆 六曲一双(左隻の一扇を欠く)
  • 壬生寺大念仏堂(狂言舞台)(附 道具蔵、脇門、土塀2棟、棟札2枚)

典拠:2000年(平成12年)までに指定の国宝・重要文化財については、『国宝・重要文化財大全 別巻』(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料)(毎日新聞社、2000)による。

焼失した重要文化財[編集]

  • 木造地蔵菩薩半跏像 旧本尊、鎌倉時代
  • 木造四天王立像 鎌倉時代
  • 金鼓 正嘉元年(1257年)銘 - 「金鼓」は仏堂の軒先に吊るす「鰐口」のこと

以上3件は1962年の火災で焼失した。[3]

重要無形民俗文化財[編集]

  • 壬生狂言
  • 壬生六斎念仏踊り(指定名称は「京都の六斎念仏」)

行事[編集]

壬生狂言
毎年節分と春秋に演じられる無言劇大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)とも呼ばれる。重要無形民俗文化財に指定されている。公開は2月の節分の当日と前日、4月29日から5月5日まで、及び10月の体育の日を含む3日間(年間12日間)[4]。詳細は「壬生狂言」を参照
壬生六斎念仏踊り
年中行事として、かつては毎年8月9日の精霊迎え火、16日の精霊送り火、23日の地蔵盆に壬生寺で上演されていたが、現在は9日にのみ実施されている。重要無形民俗文化財。詳細は「壬生六斎念仏踊り」を参照
地蔵盆時の出開帳
壬生寺は、地蔵菩薩を本尊とする寺として、地蔵盆の際に地蔵の石仏を貸し出す、俗称「レンタル地蔵」を行っていることでも知られる。
京都でも新興住宅地などでは地域の地蔵がなく、地蔵盆が行えないことがある。この場合は宗教色を薄めた「夏祭り」とする所もあるが、地蔵を借りてきて地蔵盆を行うところもある。壬生寺の場合は、明治時代から京都各地の区画整理などに伴って祀れなくなった石仏が多数引き取られており、これを出開帳の形式をとって希望する各町に貸し出しているのである。

関連項目[編集]

アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 壬生寺サイト(壬生寺の歴史)(2016年10月8日閲覧)
  2. ^ 壬生大念仏狂言(壬生寺サイト)(2016年10月8日閲覧)
  3. ^ 文化庁編『新版 戦災等による焼失文化財 20世紀の文化財過去帳』、戎光祥出版、2003
  4. ^ 壬生大念仏狂言(壬生寺サイト)(2016年10月8日閲覧)

外部リンク[編集]