塩谷瞬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
しおや しゅん
塩谷 瞬
塩谷 瞬
本名 塩谷 瞬
生年月日 (1982-06-07) 1982年6月7日(34歳)
出生地 日本の旗 日本 石川県金沢市
身長 177 cm
血液型 A型[1]
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 2002年 -
事務所 塩谷瞬俳優事務所
主な作品
テレビドラマ
2002年『忍風戦隊ハリケンジャー
映画
2005年『パッチギ!
2007年『象の背中
2007年『青空のルーレット
2008年『カメレオン
舞台
2010年『ジャンヌ・ダルク
2012年『トロイラスとクレシダ

塩谷 瞬(しおや しゅん、1982年6月7日[1] - )は、日本俳優である。愛称はシオシュン。石川県金沢市出身。塩谷瞬俳優事務所(株式会社 Office S)所属。

来歴[編集]

1982年 石川県金沢市に生まれる。

幼少期に両親と離れることになり、小学生時代から新聞配達をする。中学生時代からほぼ一人暮らしで生計を立てていた。 学校にはあまり登校せず、生活の為と色々な経験を得るため、その頃から新聞配達、ベビーシッターなど様々なアルバイトや仕事に就く。 この頃から大道芸や自転車の曲芸を覚え、近所の友達や劇団オレンジに参加して老人ホームや孤児院を回りボランティア活動を行っていた。

15歳の時ゲームセンターで受けたオーディションで7万5000人の中から勝ち抜き、そのとき出会った人の助言が元で本気で俳優を目指そうと決めた。

俳優を選んだ理由は「自分の波瀾万丈な経験を生かし生涯向き合える職業=俳優ではないか!」と話す。 当時見た作品「タクシードライバー」でロバート・デニーロの人間臭い芝居に衝撃を受け「こんな人生を沢山生きたい!生涯の職は俳優だ!」と金沢を飛び出した。

15歳の時に単身で上京。上京後、アクターズクリニックで演技の勉強をする。関西の文化を学びたいと京都大阪に住んだ経験もある。

2000年 18歳の時、最後にもう一度芸の世界に自分を売り込むと東京に出て事務所を数十カ所まわり、恵比寿で回った最後の事務所のスターダストプロモーションで時間外だったため非常階段からのぼりプロフィールをたまたま残業していた取締役の人に渡したところその日のうちに電話がかかり、翌日面接を受けスターダストプロモーションに所属する。 デビュー当初、「趣味は勉強」と言い当時のマネージメントの人間が面白いなと笑ったというエピソードがある。

2001年 19歳の時、日本での芸能活動を1年間続けて芽が出ないようであればアメリカに修行に行こうと渡米チケットを購入した。その年の10月の戦隊のオーデションにて主演デビューの夢をつかむ。

2002年 テレビ朝日忍風戦隊ハリケンジャー[2]のハリケンレッド役でデビュー。以後「Dr.コトー診療所」「奥様は魔女」などのテレビドラマに出演し、CMや映画、舞台、写真集などでも活躍する。

2004年 映画「パッチギ」主演の松山康介役に「初々しく純粋な風貌から滲み出る雰囲気がピッタリ」と井筒監督に抜擢される。[3]

2005年 主演映画『パッチギ!』(2005年、井筒和幸監督)で第29回日本アカデミー賞新人俳優賞、第27回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。

2006年 リアドラマフェスティバル開会式に日本代表として招待され、「次世代韓流スター演技者選抜大会」にゲスト参加し受賞した。 以降「赤い文化住宅の初子」(タナダユキ監督)、「ROBO☆ROCK」(須賀大観監督)、「青空のルーレット」(西谷真一監督)、「CASINO」(辻裕之監督)と主演映画が続く。

2007年 日本映画・最多出演賞受賞(2006年12月 - 2007年11月)

2008年 海外進出への第一歩としてアメリカへ武者修行へ行く。[4] 二本のハリウッド映画の出演オファーがあったが、世界不況や脚本家ストライキ等、当時の時代背景があり実現しなかった。 自身のブログでアメリカの体験を書いている。 ハリウッドの自宅にハリウッドスターのAJバックレーや音楽プロデューサーも住んでいて、休日に映画の脚本会議をビール片手にビリヤードをしながら監督脚本家、スタッフと行っているのを見てアメリカ流のドラマ制作現場にカルチャーショックを受ける。

オーケストレイターのkae matsumotoからハリウッドの大物プロデューサー、ジョージ・マッキンドーを紹介してもらいディズニーの映画の製作過程や脚本を勉強する。ハリウッドでは尊敬する真田広之に激励を受けたと言う。「象の背中」で共演した役所広司からもアドバイスを受けた。

2010年 1月1日付けでスターダストプロモーションを離籍。同2月20日付けで塩谷瞬俳優事務所(株式会社 OFFICE S)を発足。

2011年 1月3日から「なんとかしなきゃ!見過ごせない55億人」を発起人メンバーとして立ち上げ海外支援プロジェクトで東ティモールへ行く。 この時の視察は建国から10年、教育や文化、産業、バイオ発電[5]と多岐に渡り訪問している。

2011年 8月14日と21日放送分の『海賊戦隊ゴーカイジャー』で『爆竜戦隊アバレンジャーVSハリケンジャー』以来約7年振りにハリケンレッド役で出演した。 故郷を愛する気持ちから、地元金沢の町づくりや地域おこし等に積極的に参加、地元の番組にも出演している。 母校の小学校への訪問、校長、教育長との対談をおこない、金沢市長とも「未来の町づくりと芸術、文芸」というキーワードで対談した。

2012年 2月、故郷・石川県をPRする「いしかわ観光特使」に九谷焼北村隆氏他からの推薦にて就任[6]

海外支援でタイアフリカ、東ティモール等を回り、ストリートチルドレンの子供達と交流しアートや芸術を通して支援している。(財団のサポートも行っている。)

2013年 施設訪問で現状をインタビューし、今後の課題を考える。子供たちのジャンプの写真を撮影する。

3.11以降、東北支援にも力を入れている。一人で現地に入り、炊き出しや瓦礫の撤去作業なども行っている。 また現地の団体、仲間と協力し「街の再生・笑顔を運ぶ」プロジェクトや相馬市の花火大会のゲスト・活動写真展も行っている。 クリスマスにはフィンランドから来た本物のサンタクロースと子供達へのプレゼントも行なっている。[7]

30歳を機に世界旅プロジェクトを発表。現在、撮影の合間に世界200カ国を回り、ボランティアを中心に、映画、ドキュメンタリー番組の撮影を行なっている。

2013年7月に「忍風戦隊ハリケンジャー10yearafter」を発表、史上初のシリーズの続編ということで話題になった。 この作品はメンバー全員で企画して、プロデューサーに相談。ブルーの長澤奈央とイエローの山本康平がプロデューサーとなり、史上初の実現となった。 この作品にはそれぞれのリアルエピソードが盛り込まれており、ハリケンレッド=塩谷瞬が何でも屋を立ち上げ世界中を回り、子供達の支援しているというリアルな人生経験を役に投影している。(劇中に実際に塩谷が世界を回った写真が使われている。)

2013年12月22日、この年、実は重度の網膜剥離になり緊急入院しており、そこで出会った執刀医の先生がネパール支援(ヒマラヤを支援する会 現EARTH)として医療支援を行っており、「革命が起きて生まれ変わろうとしているネパールの今を見て欲しい」と言われ、この目が治ったら必ず行きますと約束した。 そして完治して11月、12月とネパールに医療支援、チベッタンチルドレン[8]の支援を行っている。

この功績が評価されて、ネパールから感謝状を授与されている。

2014年1月16日 武道館にて超英雄祭にハリケンジャーとして出演。

2014年1月17日〜 200カ国 世界旅 フランスイギリスイタリアを回る。

2014年3月11日、福島宮城岩手の3県にて東北ボランティアを行った。 福島でのインタビューや南三陸町での海洋法要、岩手でのキックボクシングジムにて子供達とセッションをする。

人物[編集]

普段の生活では、いつも愛用のカメラと手帳とペンをもち歩き、日々思いついた文章や学んだことを書きためている。

趣味は殺陣や乗馬、自転車やゴルフ、カメラ、マジック、旅行、栄養学、であるなど興味の幅が広い。

俳優仲間では「生き残れ」で共演した阿部寛と仲が良い。その他、藤田まこと中村雅俊東山紀之とも親交がある。

好きな映画として「生きてこそ」、「陽はまた昇る」、「シテイオブゴッド」、「ブラッドダイヤモンド」を挙げる。

役者を軸とした活動の傍ら高校時代に断念した自転車への想いが再燃し、近年ではサイクリストとしての活動も行っている。(現在、普段の移動はほとんどが自転車という。たまにタクシーも使う。)

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

  • ふたり(2004年)前田哲夫役、神永智也役、北尾雄一役
  • 僕たちの好きだった革命(2007年)日比野篤志役
  • 僕たちの好きだった革命(2009年)日比野篤志役
  • CM TIME II(2010年)諸星大輔役
  • 永遠の一秒(2010年)主演 大宮英機役
  • ジャンヌ・ダルク(2010年)アランソン公役
  • 裁判長!ここは懲役4年でどうすか(2012年1月)主演
  • 土御門大路〜陰陽師・安倍晴明と貴船の女(2012年5月)
  • トロイラスとクレシダ(2012年8・9月)
  • 朗読劇「祈り」つめたいよるに(2012年10月)
  • カナタPresents「あぶな絵、あぶり声〜tribute〜」 帰り道、あの人に抱かれたくなる(2013年3月)
  • 綺譚生田側-兵庫公演-(2013年6月)
  • 萬屋錦之助一座「ざ☆よろきん」二〇一五年 新春三館同時本公演『吉原万灯』(2015年1月)

WEBドラマ[編集]

  • 医療ドラマ「フェルマータ」
  • Canon CM 5 Dmark 3
  • 金沢暮色 石川県観光WEBドラマ(2011年)公開中(全5話)

CM[編集]

ケータイドラマ[編集]

  • イケない課外授業(魔法のiらんど、2009年4月1日から配信開始) - 主演 金原隼人 役

ラジオドラマ[編集]

オリジナルビデオ[編集]

吹き替え[編集]

バラエティ[編集]

書籍[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 「特集・忍風戦隊ハリケンジャー」、『東映ヒーローMAX』Vol.1、辰巳出版2002年、 53頁、 ISBN 978-4886417312
  2. ^ 主演:椎名鷹介
  3. ^ (これは事務所からは資料も出てなく、ハウンドドックの大友康平さんのLIVEの打ち上げで偶然プロデューサーに声をかけられ、あのボーっとした少年、次の映画の主人公にピッタリと言うことから主演が決まったらしい。ラジオ抜粋)
  4. ^ スポーツ報知
  5. ^ 灌漑プロジェクト、孤児院、貯水ダム建設プロジェクト、トイレット視察、水道視察、母子手帳視察、医療支援、インフラ開発、大使訪問、JICA訪問
  6. ^ (任期は2014年3月まで)
  7. ^ (公式ブログ)
  8. ^ チベットから亡命して森の中で育った子ども達
  9. ^ “塩谷瞬、小林多喜二役抜てきに涙「彼が遺した魂を演じる」”. ORICON STYLE. (2016年8月23日). http://www.oricon.co.jp/news/2077205/full/ 2016年8月23日閲覧。 
  10. ^ 忍びの7 春のニンジャ祭り!”. 手裏剣戦隊ニンニンジャー. 東映. 2015年4月5日閲覧。

外部リンク[編集]