塩川鉄也

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日本の旗衆議院議員 塩川 鉄也
生年月日 1961年12月18日(54歳)
出身地 日本の旗埼玉県入間郡日高町(現:日高市
出身校 東京都立大学人文学部
学位・資格 人文学士
前職 地方公務員(日高市)
日本民主青年同盟埼玉西南地区委員長
日本共産党専従職員
日本共産党埼玉西南地区委員長
所属委員会 環境委員会
議院運営委員会
政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会
原子力問題調査特別委員会
世襲
選出選挙区 比例北関東ブロック
当選回数 6回(2000年-現職)
所属党派 日本共産党
党役職 中央委員
経済産業部会長
総務部会長(郵政担当)
会館部屋番号 衆議院第2議員会館905号室
ウェブサイト 塩川てつやホームページ
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塩川 鉄也(しおかわ てつや、1961年12月18日 - )は、日本政治家日本共産党所属の衆議院議員(6期)。

略歴[編集]

埼玉県入間郡日高町(現:日高市)生まれ。埼玉県立川越高等学校東京都立大学人文学部卒業[1]。東京都立大学では学生自治会委員長を務めながら、日本民主青年同盟に加入し埼玉西南地区委員長や日本共産党埼玉西南地区委員長も務める。大学卒業後、日高市役所に就職した。

その後日本共産党職員を経て、1996年第41回衆議院議員総選挙に共産党公認で埼玉9区から出馬するが、落選。

2000年第42回衆議院議員総選挙では埼玉8区に国替えし、小選挙区では落選するも重複立候補していた比例北関東ブロックで復活し初当選した。

2003年第43回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロック単独で出馬し、2選。

2005年第44回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロック単独で出馬し、3選。

2006年1月、第24回党大会で党中央委員に選出された。

2009年第45回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロック単独で出馬し、4選。

2012年第46回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロック単独で出馬し、5選。

2014年第47回衆議院議員総選挙に比例北関東ブロック単独で出馬し、6選。

政策・活動[編集]

  • 2003年静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている[2]
  • 2005年11月に中古家電の商業販売を一律に規制するものであると確認がなされたPSE問題では、国会で取り上げた議員の一人で、PSE法はそもそも中古品を想定していないとして追及した[3]
  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛同する[4]。「各種の世論調査をみても、選択的夫婦別姓は賛成が反対を上回ってきています。国民世論は熟してきているのに実現ができていないのは、政府自民党が今日まで法案提出を先延ばしにしてきたから。男女平等子どもの権利が保障される社会への世論の高まりが大事。」と述べている[5]


人物像[編集]

中学・高校と陸上部に在籍しており、走るのが速い。普段は赤坂議員宿舎(82㎡の3LDK、バルコニー付き、家賃92,000円)を利用しているが、の時間に余裕がある時は自宅から国会議事堂へ通う。その際は自宅から新所沢駅まで30分歩いて、列車通勤(乗車時間約1時間)するという[9]

によると、几帳面な性格で、綿密な作業が得意であるという[10]

日高市の農家の出身。祖父は村長経験者。父は農業三富新田所沢市側にある自宅で妻と3人の娘、と暮らす。趣味は映画鑑賞、郷土史研究。漫画「ワンピース」が好き。家庭菜園の作業も行う。座右の銘は「教えるとは希望を語ること、学ぶとは誠実を胸に刻むこと」(ルイ・アラゴン[11][1]

所属団体・議員連盟[編集]

  • 離島振興対策委員会(事務局長)[1]
  • 骨髄バンク議員連盟(副会長)[1]
  • NPO議員連盟(幹事)[1]
  • 国連障害者の権利条約推進議員連盟[1]
  • 活字文化議員連盟[1]
  • 映画議員連盟[1]
  • 原発ゼロの会
  • 日韓議員連盟
  • 日本・ロシア友好議員連盟[1]

出演番組[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]