塚本善隆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
塚本善隆
(つかもと ぜんりゅう)
生誕 (1898-02-08) 1898年2月8日
日本の旗 日本愛知県
死没 (1980-01-30) 1980年1月30日(81歳没)
日本の旗 日本京都府京都市
心不全
研究分野 中国仏教
研究機関 仏教大学
出身校 佛教専門学校学士
宗教大学学士
京都大学学士博士
指導教員 望月信亨
矢吹慶輝
椎尾弁匡
桑原隲蔵
羽田亨
主な受賞歴 勲二等瑞宝章1972年
プロジェクト:人物伝

塚本 善隆(つかもと ぜんりゅう、1898年2月8日 - 1980年1月30日)は、浄土宗僧侶、仏教史学者。中国仏教研究の第一人者。

来歴・人物[編集]

来歴[編集]

学歴[編集]

職歴[編集]

人物[編集]

京都帝国大学専科では、仏教学を望月信亨矢吹慶輝椎尾弁匡より、東洋史学を桑原隲蔵羽田亨らより受け、仏教学・史学を併修する独自の学風であった。 そのほか九州大学神戸大学佛教大学名古屋大学大正大学大学院、東北大学講師、(芝増上寺付属の)三康文化研究所研究指導員などを歴任。

1953年(昭和28年)、嵯峨清凉寺住職時代に、本尊の釈迦如来像の胎内物調査を行い、五臓六腑の模造品をはじめ多数の遺物が発見されて注目される。 京都妙泉寺住職でもあった。

娘婿田村圓澄も、仏教学者・古代史学者で「法然」伝がある。

主な著書・編著[編集]

  • 中期の浄土教』(東方文化学院京都研究所、1933年法蔵館(新訂版)、1975年)
  • 『支那仏教史研究-北魏篇』(弘文堂書房、1942年、清水弘文堂[1]、1969年)
  • 『日支仏教交渉史研究』(弘文堂書房、1944年
  • 大同仏』(弘文堂、1953年)
  • 『肇論研究』(法蔵館1955年、復刊1989年)
  • 魏書釈老志の研究』(仏教文化研究所出版部、1961年)  
  • 『中国仏教通史[2] 第一巻』(鈴木学術財団、1968年春秋社(新版)、1979年)、
  • 『塚本善隆著作集』(全7巻、大東出版社1974年 - 1976年
    • 第1巻 『魏書釈老志の研究』
    • 第2巻 『北朝仏教史研究』
    • 第3巻 『中国中世仏教史論攷』
    • 第4巻 『中国浄土教史研究』
    • 第5巻 『中国近世仏教史の諸問題』
    • 第6巻 『日中仏教交渉史研究』
    • 第7巻 『浄土宗史・美術篇、附著作目録ほか』
  • 魏収『魏書釈老志』(訳・注解、平凡社東洋文庫、1990年)
  • 『中国仏教集 仏教教育宝典6』(編者代表、玉川大学出版部、1983年)
  • 『凡愚抄 塚本善隆遺文集』(私家版・非売品、1982年)

論文[編集]

回想記[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 復刻版
  2. ^ 本巻のみ発刊。なお英訳版(2分冊)がある。講談社インタ−ナショナル、1985年

関連項目[編集]