塚原仲晃

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塚原 仲晃
生誕 (1933-11-11) 1933年11月11日
京都府京都市
死没 (1985-08-12) 1985年8月12日(51歳没)
群馬県多野郡上野村
航空事故
国籍 日本の旗 日本
研究分野 大脳生理学
研究機関 大阪大学
出身校 東京大学医学部
プロジェクト:人物伝
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塚原 仲晃(つかはら なかあきら、1933年11月11日 - 1985年8月12日)は、日本医学者大脳生理学者・脳神経学者。大阪大学基礎工学部教授医学博士

人物[編集]

京都府京都市生まれ。東京大学医学部卒業。1963年に東京大学より医学博士を授かる。博士論文の題は「A contribution of internuncial activity to motoneuronal discharges(前柱細胞発射にたいする介在細胞活動の関与について)」[1]

36歳で大阪大学教授に就任。シナプス記憶に関する研究においては世界をリードしていたとの評価もある[誰によって?]。当時の日本を代表する脳神経学者の一人でもあった。

1986年から開始予定であった文部省特定研究「脳の可塑性」の責任者であったが、同研究に関する文部省との打ち合わせのため上京し、その帰途において乗り合わせた羽田空港大阪空港行の日航機群馬県多野郡上野村の山中に墜落、死亡した(日本航空123便墜落事故)。51歳没。

現在では塚原仲晃記念賞にその名前を残している。

著作[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 博士論文書誌データベース

外部リンク[編集]