堰 (川崎市)

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—  町丁  —
堰交差点
堰の位置(神奈川県内)
堰
堰の位置
座標: 北緯35度36分54.6秒 東経139度35分38.21秒 / 北緯35.615167度 東経139.5939472度 / 35.615167; 139.5939472
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
多摩区
面積[1]
 - 計 0.5958km2 (0.2mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 - 計 7,169人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 214-0022[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

(せき)は、神奈川県川崎市多摩区町名。現行行政地名は堰一丁目から堰三丁目。1988年昭和63年)2月1日住居表示が施行されている[5]郵便番号は214-0022[3]。面積は全域の合計で59.6 haである[1]

地理[編集]

多摩区の東北端に位置し、多摩川に面している[6]。南端を二ヶ領用水が流れ、南北に縦断する形で東名高速道路が通過している。一帯は住宅地となっているほか、観光用の農園が点在する[7]

堰は北端で多摩川を挟んで東京都世田谷区喜多見と、東端で高津区宇奈根と、南東から南端にかけて高津区久地と、西端で宿河原と接する。

歴史[編集]

江戸時代[編集]

開墾は1594年文禄3年)、新座郡上保谷村(現:西東京市)から移り住んだ6家によって行われたと伝わっており、そのうちの保谷家が村の名主を代々務めた[6]。村内は全域が江戸時代を通じて天領であった[6]。開発が新しいこともあって、正保期の『武蔵田園簿』では全域が見取場とされていたが[6]、その後の『元禄郷帳』では130あまりと正式な村高が設定され[8]、のちの『天保郷帳』や幕末の『旧高旧領取調帳』では138石余となっていた[8]年貢以外の賦役として、1735年享保20年)から川崎宿加助郷を務めた[9]。これらの賦役の負担を減らすため、村では土地を狭く申告しており、そのような事情も地名に痕跡が残されている[10]

集落は龍厳寺の周辺に形成されており、現在の堰一丁目は河原(堤外地)であった[7]。また、交通路として対岸の喜多見とを渡船が結んでいた[7]

明治以降[編集]

明治維新以降、当地は神奈川県に属し、行政上は堰村→稲田村→稲田町川崎市と推移していった。明治以降はもと堤外地の河原も畑となったが、砂地だったこともありの栽培が行われた[7]。この果樹栽培は戦前に最盛期を迎えたが、戦時中には食糧増産のために伐採された[11]

戦後には果樹栽培も復興したが、桃には連作の問題もあって衰退し、梨栽培が広がり、水田までもが梨畑へと化して、昭和40年代(1965年 - 1974年)に最盛期を迎えた[7]。一方、戦後には宅地化も進み、河原だった現在の一丁目にも、1954年(昭和29年)には一部に町内会が設置されている[7]

1980年(昭和55年)には、多摩区内の農業集落では土淵・稲田堤に次ぐ50haの梨園があった[12]。堰は東急グループと契約し、神奈川県内の幼稚園から団体バスを受け入れていた[13]

地名の由来[編集]

開拓にあたって、多摩川を築いたことが由来とされるが、その堰の詳細について、現代まで残ってはいない[6]

沿革[編集]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
堰一丁目 1,629世帯 3,344人
堰二丁目 1,015世帯 2,151人
堰三丁目 891世帯 1,674人
3,535世帯 7,169人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[14][15]

丁目 番地 小学校 中学校
堰一丁目 全域 川崎市立久地小学校 川崎市立稲田中学校
堰二丁目 2番以降
1番 川崎市立稲田小学校
堰三丁目 1番
2番以降 川崎市立久地小学校

交通[編集]

鉄道[編集]

地内を通る鉄道はないが、近隣に南武線久地駅が所在する。

道路[編集]

地内の西寄りを東名高速道路が通過するが、地内から利用できる施設はない(東京IC - 東名川崎IC間)。一般道としては、多摩沿線道路が通過している。

施設[編集]

神奈川県立向の岡工業高等学校

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ 区別町名一覧表(多摩区)”. 川崎市 (2012年4月9日). 2012年6月12日閲覧。
  6. ^ a b c d e 川崎地名辞典(下)』、p.81。
  7. ^ a b c d e f 川崎の町名』、p.221。
  8. ^ a b 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』、p.519。
  9. ^ 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』、p.520。
  10. ^ 川崎の町名』、p.222。
  11. ^ a b c 川崎地名辞典(下)』、p.82。
  12. ^ 都市化地域における観光農園の動向』、p.5
  13. ^ 都市化地域における観光農園の動向』、pp.11 - 12
  14. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  15. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『川崎の町名』 日本地名研究所 編、川崎市、1995年
  • 『川崎地名辞典(下)』 日本地名研究所 編、川崎市、2004年
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 角川書店1984年
  • 『川崎の町名』 日本地名研究所 編、川崎市、1995年
  • 山村順次、浦 達雄「都市化地域における観光農園の動向―川崎市多摩川沿岸を例として―」、『新地理』第30巻第2号、1982年9月