堀内和一朗

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堀内 和一朗 Taido pict2.png
Horiuchisan.png
第36回全国学生躰道優勝大会で閉会宣言をする(2002年)
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-01-03) 1980年1月3日(38歳)
故郷 Flag of Setagaya, Tokyo.svg 東京都世田谷区
居住地 Flag of Setagaya, Tokyo.svg 東京都世田谷区
種目 男子躰道
代表 2001 那覇世界選手権日本の旗 日本
所属 湯島道場
学歴 桐蔭学園高校東京医科歯科大学
 
獲得メダル
男子 躰道
全日本選手権
2001 団体展開

堀内 和一朗(ほりうち わいちろう、1980年1月3日 - [1])は、東京都出身の躰道選手、ファウストボール選手、スポールブール選手、医師。Ph・F・フォン・シーボルトの7代目の子孫[2]湯島道場副代表。東京医科歯科大学躰道部監督補。日本体育協会公認スポーツリーダー2001年那覇世界選手権日本代表として、男子個人法形競技、団体展開競技に出場。段位は教士六段。人間総合科学大学保健医療学部非常勤講師MENSA[3]、ISI-Society[4]、HELLIQ Society[5]、4G(Global Genius Generation Group)の会員。

人物[編集]

東京都世田谷区出身[6]世田谷区立用賀小学校桐蔭学園中学校・桐蔭学園高校を経て、東京医科歯科大学医学部医学科卒業。大学入学後躰道部に入部して躰道を始め、宮下宏紀と出会う。第3回世界躰道選手権大会(那覇)男子個人法形競技、団体展開競技日本代表。大学時代からメキメキと力をつけ日本を代表をする選手に成長した。また2015年からスポールブール、2017年からファウストボールにも本格的に取り組んでいる。2017年4月より人間総合科学大学大学院人間総合科学研究科心身健康科学専攻博士後期課程に在学。医師としての専門は精神科皮膚科人間ドック健康診断などの予防医学アンチエイジングである。日本うつ病学会双極性障害委員会フェロー。趣味は囲碁

躰道選手として[編集]

躰道部に入部し、大学3年時までは目立った結果を残せずにいたが、大学4年時の2001年那覇世界選手権の日本代表に抜擢される。するとその秋の全国学生躰道優勝大会で初のメダリストとなり、また全日本躰道選手権大会では団体展開競技において日本一の栄冠に輝く。その後2002年2003年も数々の実績を残した。

2004年に大学を卒業し、横浜市躰道協会に移籍。2005年には東京城北地区躰道協会に復帰した。実戦競技にてその年のヨーテボリ世界選手権出場を目指していたが、最終選考にて代表を逃す。

2007年暮れからつくば躰道協会に移籍し、翌2008年末には古巣の東京城北地区躰道協会に戻った。そして2009年広島世界選手権出場を目指すも、古くからの持病であった腰椎椎間板ヘルニアが悪化、2009年8月に緊急入院、手術の運びとなり断念した。

腰椎椎間板ヘルニアにより、左下肢の激痛と運動麻痺(左足関節と足趾を背屈することができなかったという)が生じており、術後もその症状がすぐに回復したわけではなかった。しかし1年に及ぶ厳しいリハビリを経て、2010年の東京城北地区躰道優勝大会にて試合復帰を果たした。

その後宮下宏紀とともに湯島道場を立ち上げ副代表に就任。2013年ヘルシンキ世界選手権を目指していた。2012年の全日本躰道選手権大会男子展開競技予選にて3位となったことが評価され、日本代表候補となる。2013年3月31日に中野区立第八中学校で行われた最終選考にて代表入りを逃したものの、同年に行われた第68回国民体育大会の展開競技にて優勝した。

2017年甲府世界選手権に、団体展開競技で出場することを目指していた。しかし、その代表選考を兼ねた2016年秋の全日本選手権の直前に、チームメンバーが故障し、出場辞退を余儀なくされた。2017年は大会に参加せず、その去就が注目されたが、2018年になり現役続行を表明した。

躰道における主な戦歴[編集]

  • 2001年 世界躰道選手権大会 団体展開競技5位
  • 2001年 全国学生躰道優勝大会 男子団体法形競技3位、男子団体展開競技3位
  • 2001年 全日本躰道選手権大会 男子団体展開競技1位
  • 2002年 全国学生躰道優勝大会 男子団体法形競技2位、男子団体展開競技2位
  • 2005年 全国社会人躰道優勝大会 団体法形競技2位
  • 2008年 全国社会人躰道優勝大会 団体実戦競技2位
  • 2012年 全国社会人躰道優勝大会 団体法形競技2位
  • 2013年 国民体育大会 団体実戦競技3位、団体展開競技1位

ファウストボール選手として[編集]

堀内 和一朗 Fistball pictogram 2.png
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-01-03) 1980年1月3日(38歳)
故郷 Flag of Setagaya, Tokyo.svg 東京都世田谷区
居住地 Flag of Setagaya, Tokyo.svg 東京都世田谷区
種目 男子ファウストボール
所属 東京タワークラブ
学歴 桐蔭学園高校東京医科歯科大学
 
獲得メダル
男子 ファウストボール
全日本選手権
2017 男子
全日本クラブ選手権
2017 男子

2017年より、ファウストボールにも取り組んでいる。東京タワークラブに所属し、2017年7月に行われた第15回全日本ファウストボール選手権大会、第3回全日本ファウストボールクラブカップ選手権大会において、男子の部で優勝を果たしている。

ファウストボールにおける主な戦歴[編集]

  • 2017年 全日本ファウストボール選手権大会 男子1位
  • 2017年 全日本ファウストボールクラブカップ選手権大会 男子1位

スポールブール選手として[編集]

堀内 和一朗 Boules sports pictogram.svg
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1980-01-03) 1980年1月3日(38歳)
故郷 Flag of Setagaya, Tokyo.svg 東京都世田谷区
居住地 Flag of Setagaya, Tokyo.svg 東京都世田谷区
種目 男子スポールブール
所属 ブールスポーツ三郷
学歴 桐蔭学園高校東京医科歯科大学
 
獲得メダル
男子 スポールブール
全日本オープン選手権
2015 ラピッド

2015年7月よりスポールブールの練習を開始し、主に埼玉県三郷市で練習を行っている。2015年10月から12月にかけて愛知県小牧市、埼玉県三郷市で行われた第16回日本スポールブール選手権大会において、プレシジョン種目で8位、コンビネ種目で6位となった。また、同年の第2回御殿場オープン全日本スポールブール大会では、ラピッド種目で3位となった。2016年の日本選手権ではコンビネ種目のみの出場となったが、ベスト8に進出している。

スポールブールにおける主な戦歴[編集]

  • 2015年 日本スポールブール選手権大会 プレシジョン種目8位、ラピッド種目8位、コンビネ種目6位
  • 2015年 御殿場オープン全日本スポールブール大会 ラピッド種目3位
  • 2016年 日本スポールブール選手権大会 コンビネ種目ベスト8入賞
  • 2017年 全日本スポールブール選手権白山大会 ダブルス種目5位、ラピッド種目5位

その他[編集]

趣味の囲碁では、IGO AMIGO幹事として普及指導に携わっている[7]。公益財団法人日本棋院認定の普及指導員、学校囲碁指導員の資格を所持している[8]

脚注[編集]

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  1. ^ 道場生紹介”. 2012年9月5日閲覧。
  2. ^ 道場生紹介”. 2012年9月19日閲覧。
  3. ^ 碁りむちゅう。の中の人について”. 2015年5月29日閲覧。
  4. ^ Waichiro Horiuchi”. 2015年6月9日閲覧。
  5. ^ Waichiro Horiuchi”. 2015年6月4日閲覧。
  6. ^ 道場生紹介”. 2012年9月5日閲覧。
  7. ^ スタッフ紹介”. 2015年1月23日閲覧。
  8. ^ 碁りむちゅう。の中の人について”. 2015年1月23日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]