城子崖遺跡
表示

城子崖遺跡(じょうしがいいせき)は、中国の新石器時代の龍山文化の代表的な都市遺跡。山東省済南市章丘区龍山街道の武原河畔の「城子崖」と呼ばれる長方形の高地上に位置する。1961年、中国国務院により第1回全国重点文物保護単位に指定された。
概要
[編集]1928年、城子崖で新石器時代後期の遺跡が発見された。1930年から1931年の二度にわたり呉金鼎ら中央研究院歴史語言研究所によって調査された[1]。当時は龍山文化の城跡と認められなかったが、1975年の王城崗遺跡で龍山文化期の城跡が発見されて以降、再調査されて山東龍山文化期の城跡であると確認された[2]。
1990年、山東省文物考古研究所が再発掘をおこない、この遺跡は周代以前の3つの城跡が重なったものであることが明らかになった。そのうち最も古いのは龍山文化期の城跡であり、平面は東西が約430m、南北が最長部で約530mとほぼ正方形で、面積はこの時期の都市遺跡では最大の20万平方mに達する。城壁地上部分はすでに破壊しつくされていたが、城壁基底部が地表から2.5m - 5mの深さに、幅8m - 13mの規模で4城壁とも保存されていた[3]。当初の城壁は東壁・南壁・西壁の各壁は直線状であったが、北壁は湾曲して北に突き出ていた[4]。
城子崖遺跡の規模は辺線王遺跡や平糧台遺跡と比べて3 - 4倍、王城崗遺跡と比べて20倍もあって、4000年前の都市遺跡としてはこれまでで最大規模である。都市としての性格も、主として防御機能を果たす城堡の範疇を超えていたと考えられる[5]。城子崖遺跡の周辺には、黄桑院集落遺跡など面積3万平方m - 6万平方m程度の中級集落があり、さらに中級集落の周辺に三十数か所の小集落が分布していた[6]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 黄石林、朱乃誠『中国文化史ライブラリー 中国考古の重要発見』高木智見訳、日本エディタースクール出版部、2003年。ISBN 4-88888-330-0。
- 宮本一夫『中国の歴史01 神話から歴史へ 神話時代 夏王朝』講談社、2005年。ISBN 4-06-274051-6。
- 渡辺信一郎『シリーズ中国の歴史① 中華の成立 唐代まで』岩波書店〈岩波新書〉、2019年。ISBN 978-4-00-431804-0。