坂町

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さかちょう
坂町
ベイサイドビーチ坂
ベイサイドビーチ坂
Flag of Saka, Hiroshima.svg
町旗
Saka Hiroshima chapter.JPG
町章
町旗・町章、共に1980年昭和55年)11月20日制定
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 広島県
安芸郡
団体コード 34309-9
法人番号 7000020343099
面積 15.69km2
総人口 12,882
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 821人/km2
隣接自治体 広島市呉市安芸郡海田町
町の木 ウメ
町の花 アサガオ
町の鳥 メジロ
坂町役場
町長 吉田隆行
所在地 731-4393
広島県安芸郡坂町平成ヶ浜一丁目1番1号
北緯34度20分28.4秒東経132度30分49秒座標: 北緯34度20分28.4秒 東経132度30分49秒
坂町役場
外部リンク 坂町

坂町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

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坂町(さかちょう)は広島県安芸郡

概要[編集]

陸地では広島市安芸区呉市に隣接し、湾を隔てて広島市南区江田島市と接している。

戦後から昭和40年代にかけて、周辺の他市町では住宅団地が建設され人口が急増した。山を挟んで反対側の矢野ニュータウン(広島市安芸区)もその1つである。

その一方で、坂町は地主が土地を手離さない場合が多いことから、山が多い割には大規模な住宅団地の建設が難しく、住宅供給があまり成されなかったため、現在に至るまで大幅な人口の増減はみられない。なお、人口は最も多い時期で14,963人[1]であり、現在より約2,000人多い程度にとどまっている。

昭和20年代までは、安芸郡の陸地部にある町村では最も人口が多く、島嶼部の町村を含めても4番目に多かった[2]。しかし、昭和30年代から40年代にかけて陸地部の周辺町の人口急増により、現在も安芸郡の町として残る4町の中では最下位となっている [3]

広島市と呉市に挟まれた場所にありながら、長年若者の人口流出に歯止めがかからなかった影響で、高齢者の割合が周辺の市町と比べて高いのが特徴である。
そのため、若者の定住を目指し、広島湾を埋め立てた平成ヶ浜地区にマンション・県営住宅[4]を整備することで若者の流出に歯止めをかけている。

人口は、12,020人[5]まで減少したのち、増加傾向に転じた。なお現在は、緩やかな減少傾向となっている。

平成21年に広島県警察学校が広島市南区から移転してきてからは、春と秋に大きな人口変動が見られるのも特徴である[6]

地理[編集]

隣接する自治体・行政区[編集]

人口[編集]

Demography34309.svg
坂町と全国の年齢別人口分布(2005年) 坂町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 坂町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
坂町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 14,223人
1975年 14,064人
1980年 13,350人
1985年 13,082人
1990年 13,083人
1995年 12,419人
2000年 12,276人
2005年 12,399人
2010年 13,262人
2015年 12,747人
総務省統計局 国勢調査より

歴史[編集]

祭事[編集]

伝統的祭事の主なものとして亥の子祭り、八幡山八幡神社秋大祭などがある。

亥の子祭りとは家の繁栄を願って行われる行事であり、地域の者が人の頭程の大きさの石に縄をくくって亥の子歌を歌いながら地面を搗いて回る(亥の子餅を搗くと言う)。行事の前には数日間鬼の面を被った子供が地域を回る。また、坂町内でも刎条と中村地区では亥の子神楽が夜に行われ、子供達や大人が古事記の物語を舞う。

八幡神社秋大祭は例年10月の第二土日に行われる。土曜は夜頃であり、本祭りは日曜日に行われる。比較的古くから人が住んでいた各地区から伝統的な奉納が行われる。最も歴史が古いと言われるのは上条地区の獅子舞である。その他、西側の獅子舞、刎条と浜宮の頂載(ちょうさい、太鼓台の一種)、森浜、中村の屋台、横浜の曳舟が奉納される。特に頂載には「乗り子」と呼ばれる稚児と同様の厚化粧をして豪華な衣装を着た4人の少年が乗り込み、太鼓を叩くのだが、担ぎ手は頂載を手の上に持ち上げては地面に落としたり、激しく交互に傾ける(かやす)など、非常に激しく揉むために少年達は涙で化粧が溶けてパンダ目になりながら太鼓を叩く。各々の歴史と格式から奉納の順序や休む位置などが決まっている。秋大祭ではその他、巫女の舞や御湯掛けといった祭事が執り行われる。

行政[編集]

  • 町長 吉田隆行

官公庁[編集]

経済[編集]

主な店舗[編集]

姉妹都市[編集]

教育[編集]

その他[編集]

大学[編集]

 2004年に戦後の新制大学で初の廃校となった立志舘大学があった。

高等学校[編集]

中学校[編集]

1975年から私立広島女子商中学校が休校となっている[7]

小学校[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

有料道路[編集]

一般国道[編集]

その他道路[編集]

  • 広島県道275号坂小屋浦線…事業中
  • 坂町道
    • 総頭川1号線
    • 馬場線
    • 陰大曲線
    • 大曲2号線
    • 浜田8号線…2007年新設
    • 中村3号線
    • 中村17号線…建設中

バス[編集]

  • 坂町循環バス…町内ほぼ全域
  • 芸陽バス…北新地地区のみ
  • 広電バス…北新地地区のみ ※かつては広島女子商業高等学校(現・広島翔洋高等学校)まで乗り入れていた。

長年にわたり中国JRバスが運行されていたが、2003年3月末で廃止され、代替として坂町内は坂町循環バスが、坂町外へは芸陽バスが運行されている。

出身有名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 1968年(昭和43年)5月1日現在の住民基本台帳人口。男性7,225人、女性7,738人。
  2. ^ 当時は、江田島町(現:江田島市江田島町)、音戸町(現:呉市音戸町)、倉橋町(現:呉市倉橋町)が坂町よりも人口が多かった。現在はこれら3町よりも坂町の方が人口が多い。
  3. ^ なお、広島市に編入される前までは安芸郡だった、安芸区の中野地区矢野地区も人口急増により坂町よりも人口が多い。船越地区には一旦抜かれたものの、面積が狭いことから人口増加が止まり、平成に入ってからは坂町の方が人口が多い。
  4. ^ いわゆる子育て支援住宅であり、生涯住むことができるものではない
  5. ^ 平成12年の国勢調査確定値を基準にした2004年4月1日現在の推計人口(男性5,622人、女性6,398人)。なお、同日現在の住民基本台帳人口は、12,236人(男性5,788人、女性6,488人)。
  6. ^ 町政情報|人口の推移”. 広島県安芸郡坂町. 2016年12月21日閲覧。
  7. ^ 町政情報|統計情報”. 広島県安芸郡坂町. 2016年12月21日閲覧。中学校は2校(公立1校、私立1校は休校)と記載あり。