坂本恵義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
さかもと しげのり
坂本 恵義
生誕 (1960-04-05) 1960年4月5日(58歳)
熊本県山都町(旧上益城郡矢部町
国籍 日本の旗 日本
職業 空手家
流派 極真会館
肩書き 代表・師範

坂本 恵義(さかもと しげのり、男性1960年昭和35年)4月5日 - )は、日本空手家極真浜井派七段)であり、国際空手道連盟極真会館坂本派の代表である[1]熊本県出身。

概要[編集]

  • 1981-1995年 極真会館東京城南支部所属。
  • 1995-2001年 極真会館支部長協議会派(現新極真会)所属。
  • 2001-2008年 全日本極真連合会所属。
  • 2011年、国際武道空手道連盟(IBKO)(会長:極真会館ニューヨーク 金村道場代表:金村清次師範)の立ち上げに参加し、翌年から極真会館北海道今井グループ、極真会館福島安斉グループと共に(極真CUP)全日本空手道選手権大会を開催。
  • 2012年、団体名称を極真会館坂本道場から極真会館坂本派と改名。
  • 現在は、国際空手道連盟極真会館坂本派代表。2016年5月現在、65道場(国内40、海外25)が極真会館坂本派に加盟。

人物[編集]

熊本県上益城郡矢部町山都町)出身。熊本県立矢部高等学校卒業。

16年間のサラリーマン生活を経て、1997年空手道場運営に専念。

1987年、27歳で出場した第4回全日本ウエイト制大会がデビュー戦という大器晩成型選手。

1990年(当時30歳)、第7回全日本ウエイト制大会中量級で準優勝、以降毎年全日本ウエイト制大会、全日本大会、ワールドカップ、世界大会などに出場、多数の実績を残した。 小柄であるが、下段蹴りの威力は重量級。当時全日本・全世界の舞台で活躍する30代の選手は少なく、いぶし銀と称された。

主な戦歴[編集]

出典: 坂本恵義代表師範 試合記録詳細 - 極真会館坂本派

  • 第6回全世界大会 ベスト32
  • 第7回全世界大会 ベスト16・マス大山賞・試割賞[2]
  • 第1回ワールドカップ中量級 4位[3]
  • 第2回極真連合杯世界大会 ベスト16
  • 第7回全日本ウエイト制大会中量級 準優勝[4]
  • 第12回全日本ウエイト制大会中量級 3位
  • 第13回全日本ウエイト制大会中量級 準優勝
  • 第15回全日本ウエイト制大会中量級 準優勝
  • 第17回全日本ウエイト制大会中量級 4位
  • 第19回全日本ウエイト制大会無差別級 3位
  • 第22回全日本ウエイト制大会重量級 準優勝

注釈[編集]

  1. ^ 空手は横浜の極真会館坂本派. “坂本恵義師範の紹介”. 2017年3月28日閲覧。
  2. ^ 極真魂(国際空手道連盟極真会館出版)1999年Vol.10号4頁、2000年Vol.1号26頁
  3. ^ 極真魂(国際空手道連盟極真会館出版)1997年Vol.7号17頁
  4. ^ 月刊パワー空手(パワー空手出版社)1990年8月号7頁、1991年7月号9頁

参考文献[編集]

  • 極真魂(国際空手道連盟極真会館出版)1997年Vol.13号14頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]