坂本典男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

坂本 典男(さかもと のりお、1959年5月20日 - )は、青森県三戸郡南部町[1]出身の元競輪選手日本競輪学校(以下、競輪学校)第51期生。

来歴[編集]

坂本勉(競輪学校57期生)は実弟であり当人が師匠を務めた。また、坂本昌宏(競輪学校第91期生)、坂本周作(競輪学校105期生)は実子、坂本貴史(競輪学校94期生)、坂本周輝(競輪学校100期生)は甥(ともに勉の実子)にあたる。

青森県立三戸高等学校を経て日本大学へと進む。同大学在籍時代には、1979年全日本大学対抗選手権自転車競技大会(インターカレッジ)・1kmタイムトライアルで優勝、1980年全日本アマチュア自転車競技選手権大会では、スクラッチレース(現在はスプリントに名称変更)で優勝[2]し、同年開催のモスクワオリンピック日本代表選手に選出されたが、同年5月24日、日本オリンピック委員会(JOC)が同大会の不参加を決定したことから、オリンピック出場は幻となってしまった。

その後、競輪学校51期生となった。同期には本田晴美山田英伸戸邉英雄などがいる。競輪学校時代の競走成績は73勝を挙げ第2位。

1983年4月22日前橋競輪場でデビューし、初勝利を挙げた。1985年 - 1994年頃まで、常時特別競輪(現在のGI)の出場機会を得ていたが、特筆すべき戦績は残していない。

2014年1月9日、選手登録消除。通算成績は、2546戦353勝、優勝19回。

参考文献[編集]

  1. ^ モスクワオリンピック(1980年)青森県関係出場選手一覧 (PDF)
  2. ^ 記憶に残る名選手その5 - ある高卒技術士の日々雑感 2007年9月17日付記事

外部リンク[編集]

関連項目[編集]