坂口静夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
「坂口静夫」を編集中, 1944

坂口 静夫(さかぐち しずお、1887年1月17日 - 1947年3月23日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将

経歴[編集]

熊本藩士・坂口騏十郎の三男として生まれる。中学済々黌を経て、1910年5月、陸軍士官学校(22期)を卒業し、同年12月、陸軍少尉に任官。

1920年8月、歩兵第48連隊中隊長に就任し、陸軍兵器本廠員、陸士予科中隊長などを経て、1925年4月、近衛歩兵第3連隊付(東京府立第二中学校配属将校)となる。歩兵第27連隊付、第1師団司令部付、第7師団副官歩兵第24連隊付、独立守備歩兵第9大隊長などを歴任し、1937年8月、陸軍大佐に昇進。

1937年11月、第16師団司令部付(第三高等学校配属将校)となり、歩兵第109連隊長を経て、1939年9月、陸軍少将に進級。歩兵第12旅団長、第56歩兵団長を務め、1941年11月、坂口支隊長となり太平洋戦争を迎えた。

フィリピンの戦い蘭印作戦拉孟・騰越の戦いなどに従軍。1943年6月、陸軍中将となり留守第55師団長に就任、さらに第65師団長に親補された。1945年3月に待命となり、翌月に予備役となった。

親族[編集]

  • 兄 坂口進(陸軍少佐
  • 弟 坂口雅夫(陸軍中佐

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。