地域猫

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地域猫(ちいきねこ)とは、特定の飼い主がいないものの、地域住民の認知と合意の上で共同管理されている猫を指す[1]地域猫活動について環境省の定義としては地域の問題として増え過ぎてしまった野良猫の数を抑制し、住民やボランティア等が共同管理することで、最終的に飼い主のいない猫をなくすことを目標としている[1]。本項では地域猫及びその活動について記す。

活動の定義[編集]

自治体や地域、団体ごとに地域猫や地域猫活動の定義は多少の違いがあるが、以下の点がポイントとなる。

飼い主のいない猫の減少[編集]

不妊手術や地域などによる数の管理[2][3]、飼い主の募集などを利用して[4]、最終的に飼い主のいない猫をなくすことを目的とする[1]。その際にTNR活動英語版を通して野良猫の繁殖を防ぐなどの手法が取られる[5]。自治体によっては避妊手術のための助成金が出るケースがある[6]。手術が施された猫は手術されていない猫との判別がつくように、片方の耳にV字の切り込みが入れられる[7]。このことから地域猫のことをさくら猫とも呼ぶ[7]。この猫の数を維持しつつ地域の管理下に置き、猫はそこで一生を送る[8]。同時に猫を含む動物の遺棄が「動物の愛護及び管理に関する法律」において禁じられていることを周知し[9]、新しい猫が増えるのを防ぐ必要がある[10]

地域住民とのトラブル防止[編集]

衛生
猫への餌やりと給水、糞の処理[2][3][11]、猫が餌を確保するためのゴミ漁りの阻止の他[2]、餌の後始末の不備による害獣被害[12][13]、地域住民の健康被害になりうる猫アレルギーやパスツレラ症といった病気など衛生の課題に対処する必要がある[14][15]
糞尿被害
雄猫への去勢手術はマーキングの匂いの減少やマーキングを減らすことができる[16]。しかしマーキングは一度習慣となってしまうと止めるのが難しいことから、生後8か月までに手術を済ませておくことが望ましいとされている[17]。発情期の雌猫にも同じ傾向が見られ、避妊手術で減らすことができるものの、去勢された猫の10分の1、避妊手術を受けた猫の20分の1がこの行動を繰り返すとされている[18]
猫の餌
手術を予定している、あるいは手術の終わった猫に対して特定の時間に最低限の餌を与え、後片付けを徹底する必要がある[19]。特に置き餌を続けると猫の流入が止まらず、取り組み自体が破綻する[20]
嘔吐
頻度は個体によるものの、猫は体に異常がない場合でも毛玉などを吐き出す[21]。そのため、地域猫活動を行う場合はそれらも清掃する必要がある[22]

騒音[編集]

雌猫は発情期になると繁殖の相手を探して歩き回ったり、長鳴きや叫び声を上げる[23]。これらの行動は避妊手術によって防ぐことができる[注釈 1][23]

生活圏への侵入[編集]

猫が民家の庭などに入り、排泄や行動によってガーデニング[13]盆栽などに被害を与えるケースもある。また住宅で買っているペットが襲われることもある[24]

地域住民の理解の獲得[編集]

猫の飼育義務は「家庭動物等の飼育及び保管に関する基準」に記載はあるものの[25]、犬のように狂犬病予防法に基づいた係留義務や登録制度などが設けられていない[26]。行政が所有者のいる猫を無断で処分した場合、窃盗罪[25]占有離脱物横領罪[25]器物損壊罪に該当する可能性があるほか[25]、民法の使用者責任に基づいて損害賠償請求の可能性や[25]、公務員の不法行為責任に問われる可能性を横浜市職員で地域猫の発案者である黒澤泰は指摘している[27]。また地域住民それぞれの立場や状況が異なることから、地域の中で問題を共有し、人間の問題であることを理解してもらうことが地域猫活動には必要とされる[28][3]。その際に不妊手術の徹底と周辺地域で守られるルールの制定などが重要であることを黒澤は述べている[29]

実施効果[編集]

本項では活動の定義で挙げた以外の効果について述べる。

保健所での殺処分の阻止
代替手段として頻繁に取り上げられる殺処分については[30]、動物愛護の観点から批判的に捉えられることが多く、自治体によっては殺処分される猫をなくすことを目標とする地域もある[31]。日本において地域猫運動を条例の制定や飼い主のいない猫の不妊化手術費用の援助・捕獲器の貸し出し・講習会などで支援している行政を対象に行ったアンケート調査(2008年度)では、「(保健所などにおける)猫の処分数が減った」と解答した行政は13.2%であった[32]
一方、自治体によっては殺処分を行わざるを得ない状況に陥っている[33]。予算や人員の制限、処分を希望する側と生存を希望する側の板挟みの状況などが指摘されている[33]
地域環境の改善
前述した2008年の調査では地域猫の定義自体に関する意見もあったが、「住民間の親密度が増した」(23.1%)や「猫に関する苦情が減った」(20.1%)とする意見も見られた[32]

課題[編集]

地域猫の避妊費用支援を募る募金箱。(江の島にて撮影)

定義の一人歩き[編集]

地域猫という定義のされていない単語や成果だけが注目され[34]、エサやりの肯定など猫を好む側の自己満足になっていることが指摘されている[35]。具体的には、餌やりを正当化する目的で地域猫を利用したり、自ら飼育できない猫を地域や住民に押し付けるケースが報告されている[35]。中には賛成派と反対派の合意がないまま進めてしまい地域の対立となるケースも存在する[36]東京地方裁判所の判例では餌を与えるだけで住民理解を得られない場合や、管理活動を行っていない場合は地域猫活動とみなされない[37][38]。また猫は屋外での生活でも4、5年ほど生き続けることもある[7]。 そのため地域の構成員が変わったために認識の差異によるトラブルの発生や[39]、反発する人間による虐待などが発生することもある[40]

TNR活動の労力[編集]

そもそもの目的である頭数の保持と減少は、そもそもTNR活動に掛かる労力が大きすぎることが課題として挙げられている[41]

捨て猫[編集]

地域猫活動はこれら猫の数を住民らが容認できるレベル以下に統制するという趣旨が理解されず、近隣から猫を捨てられて猫の数が制御できなくなると、活動そのものが崩壊する[20]。対策として、発見した場合の警察への通報や看板の設置などが挙げられる[42]。2016年に「全国公衆衛生獣医師協議会全国大会」で最優秀賞に選ばれた東京都台東区[43]、捨てられたネコがカラスに捕食されるなどの実態をポスターを用いて説明するなどの対策を講じている[44]

地域猫への迫害[編集]

一方で、地域猫を迫害するケースも発生している。前述の賛成派と反対派の衝突などの他、独自に敷地内にを仕掛けたり虐待しているケースがあるとされ、動物虐待の事件も発生している。具体的には毒殺されたものや[45]、禁止猟具(トラバサミ等)で負傷と思われる、足を怪我した個体が保護されたとする報告が挙がっており[46]、「動物愛護法[47]及び、人間生活圏にて暮らし、人間の手が入る手段で生存している猫はノネコではなく、法に定められた駆除対象動物に該当しないため[48]、「鳥獣保護法・狩猟法」違反の疑いで警察が捜査するところとなっている[49]。また新しく地域猫活動を始めた結果、その地域に動物虐待が行われていたことが発覚するケースもある[50]

調査結果の精度[編集]

2008年の調査では猫の引き取り数や殺処分数の増減において、自治体の地域猫活動への支援が影響したかに関して直接の影響は見られなかったが[51]、地域猫運動の支援を行っている自治体の多くが2004年度よりと経過年数が浅く、行政が地域猫活動に取り組んだ時期の影響も考慮する必要があると報告されている[52]

欧米における野生動物の保護を目的とし野良猫(または野生化したイエネコ)の数量削減を目指したTNR活動において、アメリカ連邦政府野生動物生物庁(U.S Fish and Wildlife Service)は「TNRの成功事例はひとつもなく、去勢しても野生動物減少に対し即効性がない。」と結論付けているなど[53]、課題が示されている。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 雌猫の避妊手術で摘出されるのは卵巣だけである[23]

出典[編集]

  1. ^ a b c 住宅密集地における犬猫の適正飼養ガイドライン: 猫の適正飼養ハンドブック”. 動物の愛ごと適切な管理. 環境省. p. 16 (2014年2月). 2016年12月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月30日閲覧。
  2. ^ a b c 地域猫活動、ご存じですか?”. 飼い主のいない猫(野良猫)対策. 茅ヶ崎市 (2017年4月1日). 2017年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月30日閲覧。
  3. ^ a b c 地域猫活動をご存知ですか?”. 地域猫活動. 広島市 (2015年). 2016年10月31日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年5月30日閲覧。
  4. ^ 茨城県 2015, p 14.
  5. ^ 広島市動物管理センター pp. 5-7.
  6. ^ 子猫の殺処分減へ 野良猫の不妊去勢費を助成”. 河北新報 ONLINE NEWS. 河北新報社 (2017年2月20日). 2017年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月31日閲覧。
  7. ^ a b c 今西 & 浜田 2015, p. 8
  8. ^ 加藤 2014, p. 52.
  9. ^ 動物の愛護及び管理に関する法律”. 法務省 (2014年5月30日). 2017年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月18日閲覧。
  10. ^ 地域猫活動”. 市川市 (2017年3月1日). 2017年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月18日閲覧。
  11. ^ 川崎市猫の適正飼養ガイドライン”. 川崎市 (2017年4月12日). 2017年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年7月22日閲覧。
  12. ^ 野良猫にエサを与えている皆さんへお願い”. 福岡県動物愛護センター. 2017年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月31日閲覧。
  13. ^ a b 黒澤 2005, p. 22.
  14. ^ 黒澤 2005, p. 6.
  15. ^ パスツレラ症について”. 横浜市衛生研究所 (2010年6月30日). 2017年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年5月31日閲覧。
  16. ^ ランドルフ 2003, pp. 29-30.
  17. ^ ランドルフ 2003, p 30.
  18. ^ ランドルフ 2003, p 64.
  19. ^ 東村山市 2015, p 7.
  20. ^ a b 東村山市 2015, p 22.
  21. ^ ランドルフ 2003, p 81.
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  23. ^ a b c ランドルフ 2003, p 29.
  24. ^ 今西 & 浜田 2015, p. 11.
  25. ^ a b c d e 黒澤 2005, p. 32
  26. ^ 黒澤 2005, p. 30
  27. ^ 黒澤 2005, p. 32.
  28. ^ 黒澤 2005, pp. 37-40.
  29. ^ 黒澤 2005, p. 51.
  30. ^ 黒澤 2005, pp. 37-38.
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参考文献[編集]

外部リンク[編集]