在原滋春

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在原 滋春(ありわら の しげはる、生没年不詳)は、平安時代前期の歌人右中将在原業平の子。在次君とも称される。官職は少将[1]

和歌作品が勅撰和歌集(『古今和歌集』(6首)、『新勅撰和歌集』1首)に7首入集[2]歌物語である『大和物語』の作者とも言われているが定かではない。甲斐国和戸で死去したという。

系譜[編集]

  • 父:在原業平
  • 母:不明[3]
  • 妻:五条の御(藤原山蔭の姪)[4]
  • 妻:在原仲平の娘
    • 次男:在原安平(882-945)
  • 生母不明
    • 長男:在原時春
    • 三男:在原高滋
    • 四男:在原仲滋

脚注[編集]

  1. ^ 「在原氏系図」(『続群書類従』巻第174所収)。鈴木真年『諸国百家系図』上,長野(宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会,1986年 による)では右近衛少将、『勅撰作者部類』では六位・内舎人とする。
  2. ^ 『勅撰作者部類』
  3. ^ 冷泉家流注釈(伊勢物語注釈)では滋春の母を染殿内侍としている。
  4. ^ 大和物語