土岐定富

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土岐定富
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 安永3年9月11日1774年10月15日
死没 寛政2年6月20日1790年7月31日
改名 三之助・老之助(幼名)
墓所 東京都品川区北品川東海寺春雨庵
官位 なし
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉
上野沼田藩
氏族 土岐氏
父母 父:土岐定経、養父:土岐頼吉
兄弟 頼相頼寛、定吉、定富定考(頼量)、頼布、娘(井上正定継室)、磯(松平定剛正室)
養子:頼布

土岐 定富(とき さだとみ)は、上野沼田藩の第6代藩主。沼田藩土岐家9代。第3代藩主・土岐定経の五男。

略歴[編集]

先々代藩主の次兄・頼寛の跡を継いだ先代藩主の三兄・定吉天明6年(1786年)に死去したため、その跡を継いだ。寛政2年(1790年)6月20日に17歳で死去し、跡を弟の頼布が継いだ。