國學院大學久我山中学校・高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
國學院大學久我山中学校・高等学校
早春の久我山.JPG
過去の名称 久我山中学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人國學院大學
設立年月日 1942年
創立者 岩崎清一
共学・別学 男女別学
中高一貫教育 併設型(外部混合無し)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 13675B
所在地 168-0082
北緯35度41分1.84秒 東経139度35分39.7秒 / 北緯35.6838444度 東経139.594361度 / 35.6838444; 139.594361座標: 北緯35度41分1.84秒 東経139度35分39.7秒 / 北緯35.6838444度 東経139.594361度 / 35.6838444; 139.594361
外部リンク 國學院大學久我山中学高等学校
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示
國學院大學久我山中学校・高等学校の位置(東京都区部および多摩地域内)
國學院大學久我山中学校・高等学校

國學院大學久我山中学校・高等学校(こくがくいんだいがくくがやまちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都杉並区に所在し、中高一貫教育を提供する私立中学校高等学校。高等学校において、中学校から入学した内部進学の生徒と高等学校から入学した外部進学の生徒が別々にクラスを編成する併設型中高一貫校[1]。略称は「久我山」(くがやま)。「国学院久我山」もしくは「國學院久我山」の名称を用いることが多い。

概要[編集]

國學院大學の付属校であるが、ほとんどの生徒が他大学に進学する[要出典]杉並区で最も大きい学校である[要出典]

本校は男子部および女子部に分かれており、いわゆる男女別学のスタイルを採用している。

中学受験では一般入試・ST入試・帰国生入試の受験機会があり、募集定員は320名。高校受験では一般入試・推薦入試・帰国生入試の受験機会があり、募集定員は145名[要出典]

沿革[編集]

  • 1942年 - 岩崎通信機社長岩崎清一によって財団法人岩崎学園久我山電波工業専門学校開校(久我山工業専門学校→久我山大学を経て1950年に閉校)。
  • 1944年 - 久我山中学校開校。[2]
  • 1948年 - 久我山高等学校開校、久我山中学校女子部開設。[3]
  • 1949年 - 岩崎学園から久我山学園に変更。
  • 1952年 - 学校法人國學院大學と合併、校名を國學院大學久我山中学校・國學院大學久我山高等学校に改称。
  • 1967年 - 國學院大學久我山高等学校定時制女子部開校(~1979年)。[4]?
  • 1985年 - 中学校開校式挙行、中学校再開第1回入学式挙行、高等学校全日制女子1期生入学式挙行。[5]
  • 1986年 - 教育組織を中学部・高校男子部・高校女子部の三部制とする。
  • 1991年 - 中学校女子部再開入学式挙行。
  • 1994年 - 創立50周年、教育組織を高等学校は男女併学制に改組。
  • 2002年 - 教育組織を男子部・女子部の二部制に改組。
  • 2004年 - 創立60周年を記念し記念館の設立が決定。
  • 2014年 - 創立70周年。 

交通アクセス[編集]

卒業生[編集]

スポーツ[編集]

野球[編集]

サッカー[編集]

ラグビー[編集]

バスケットボール[編集]

陸上[編集]

放送・芸能[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

系列校[編集]

姉妹校[編集]

脚注および参照[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 国学院大学久我山高校の学校情報(高校受験パスナビ)(旺文社)の「ワンポイント情報」の冒頭による。
  2. ^ 男子校として
  3. ^ 男子校から男女別学へ
  4. ^ 男子校復帰
  5. ^ 男子校から男女別学復帰
  6. ^ 同級生交歓 國學院大學久我山中学高等学校”. 文藝春秋WEB (2014年3月5日). 2017年10月24日閲覧。

外部リンク[編集]