国際ビルヂング

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国際ビルヂング
Kokusai building.JPG
丸の内仲通りに面した、国際ビル北東角
情報
用途 オフィス、劇場、美術館
設計者 三菱地所(オフィス部分設計)
設備設計者 谷口吉郎(外装、劇場内装)
阿部事務所(劇場設計)
施工 大林組
建築主 三菱地所東宝
構造形式 鉄骨鉄筋コンクリート構造[1]
敷地面積 9,688 m² [2]
建築面積 9,070 m² [2]建蔽率94%)
延床面積 116,885 m² [2]容積率1206%)
※帝国劇場含む。三菱地所所有分は76918㎡[3]
階数 地上9階、地下6階
駐車台数 330台
着工 1964年4月10日
竣工 1966年9月13日
開館開所 1966年9月20日(帝国劇場開館)
所在地 100-0005
東京都千代田区丸の内三丁目1番1号
座標 北緯35度40分37.1秒 東経139度45分40.3秒 / 北緯35.676972度 東経139.761194度 / 35.676972; 139.761194
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国際ビルヂング(こくさいビルヂング)は、東京都千代田区丸の内三丁目に所在する建築物である。帝国劇場と合築であり、この部分は帝劇ビルとも称する。

歴史[編集]

1911年明治44年)、日比谷濠に面した三菱地所の所有地に、東宝が建物を所有する帝国劇場が竣工した。ミュージカル歌舞伎など演劇用の劇場として永らく親しまれたが、1955年からは映画館に転用されていた。帝劇と同じ区画には日本倶楽部と、三菱地所所有の三菱仲3号館があり、三菱地所では仲3号館建替えの際には帝劇を含めた共同ビルの建設を検討していた。

1960年4月に三菱地所が東宝に打診すると、東宝側も理解を示し、構想が具体化し始めた。帝劇別館のテナントの移転交渉に約3年を要したのち、1963年6月に、東宝から三菱地所に貸地を返還したのち、区画の1/2の敷地を東宝に譲渡する。区画前面に共同でビルを建設し、建物のうち各所有地上の部分はそれぞれの所有とする旨の合意がなされた。日本倶楽部との交渉は難航したものの、新ビルにフロアを所有することを条件に、1964年3月に敷地の返還に応じた。同年3月より旧帝劇の解体に着手。4月10日に、「帝劇改築工事」として地鎮祭が執り行われた。1965年9月に建物名称が「国際ビルヂング」に決定。1966年9月13日に竣工、同20日に、「オール東宝スターオープニングフェスティバル」をこけら落しとして帝国劇場が開館した[4]

建築[編集]

機能的にも構造的に異質な、オフィスと劇場を1つのビルに収容する難易度の高い条件であり、オフィス部分は三菱地所、劇場部分は阿部事務所、建物外観と劇場内装は東京工業大学の谷口吉郎が連携して設計にあたった。外装は赤褐色を基調に黒と銀色をアクセントに用い、白亜の殿堂であった旧帝劇ビルとは対照的となった。東宝の希望により、帝国劇場は建物のうち南東の角に入った[4]1968年に第9回BCS賞[2]2000年にはBELCA賞ロングライフ部門を受賞している[5]

テナント[編集]

竣工当初は、三菱地所所有のオフィス部分には東京海上火災保険などが入居し[4]、地下1階には2012年に「丸の内 タニタ食堂」がオープンした[6]。帝国劇場部分の9階には、1966年10月28日に出光美術館がオープンし、出光興産も4~8階に本社を置いている。劇場の詳細については帝国劇場の項目を参照。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 三菱地所 『丸の内百年の歩み 三菱地所社史下巻』、1993年3月6日、128-131頁。

外部リンク[編集]