国鉄シキ700形貨車

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国鉄シキ700形貨車
基本情報
製造所 日立製作所
製造年 1961年(昭和36年)
製造数 1両
消滅 1982年(昭和57年)
常備駅 常陸多賀駅
主要諸元
車体色 +黄1号
軌間 1,067 mm
全長 空車時 38,490mm
積車時最大47,840 mm
全幅 2,856 mm
全高 3,380 mm
荷重 280 t
自重 111.4 t
換算両数 積車 30.5
換算両数 空車 11.0
台車 4-4-3-3軸複式ボギー
最高速度 空車時 65km/h
積車時 45 km/h
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国鉄シキ700形貨車(こくてつシキ700かたかしゃ)とは、1961年(昭和36年)に製作された、日本国有鉄道大物車である。

概略[編集]

超大型変圧器を輸送するための貨車である[1]日立製作所笠戸工場山口県下松市)で1961年(昭和36年)10月13日に1両のみ製造された。日立製作所が自社製品輸送目的で所有していたため、私有貨車である。同社内では「280 t 積シキ-700号」などの呼称が有った。車籍は国鉄に移されていた[2]

最大積載重量は280 t で、実際に280 t の変圧器の輸送に用いられた[3]。280 t の荷重は狭軌鉄道史上世界最大の貨車[1][4]として知られている。

構造[編集]

車体の種類は大物車の積載方法による分類からは、吊り掛け式やシュナーベル(ドイツ語:Schnabel)式車、シュナーベル車(英語版)などと呼ばれる。国鉄の形態分類では B 形になる。外形は前後対称(側面から見ると左右対称)の形状となっている[5]

台車の配置は軸配置で言うと、車体端側から車体中央までで4軸台車が2台、車体中央側に3軸台車が2台となる。車両全体の車軸総数は28軸である。同じ軸数の台車は2台一組で台車心皿(しんざら)を介して台車上枠で連結される。4軸台車の台車上枠と三軸台車の台車上枠の間は大型のまくら枠で連結される。まくら枠上には積荷を積載する荷受梁(にうけばり)が載せられている。

車体の各部構造は鋼板を溶接したガーダー英語版構造で、軽量化のため4組の台車上枠は中梁のみの構造とた。全体の軽量化と強度確保のため高張力鋼を用い、補強板は外部に露出させて設けた。外部塗色は黒色である。

空車時の全長は 38,490 mm、積車時は最大で 47,840 mm[6]に達する。自重は 111.4 t、荷重は 280 t である。これらの諸元はいずれも国鉄の営業用貨車では最大[7]のものである。最高速度は、空車で 65 km/h、積車で 45 km/hである。

車体は積荷の積載前に、荷受梁の中央部分で前後方向に完全に二分割され、間に積荷を挟み込める様に十分な距離を離される。荷受梁の積荷に接する部分と積荷の荷受梁に接する部分の各々の下部にはヒンジが設けられており、巨大なピンを差し込んで連結する。積荷上部は積荷自体が自重で沈み込む力により、荷受梁上部の圧着座に固定される[8]。この様にして、前後に分割された車体に一体化された積荷は、車両構造の一部と化する[9][2]。荷下ろし後は圧着座同士が接触する様に車体のヒンジを介して、先に分割された前後の部分を連結し、車体を元の状態に戻す。

荷受梁とまくら枠の間には特殊な工夫が施されている。車体重量の増大と、曲線通過時に二つの荷受梁に挟まれた積荷が線路内側に張り出す偏倚(へんい)を抑えることが目的である。これらは車長の増大が原因となる。荷受梁の回転中心である心皿を、車体中央側に寄せ、荷重を負担する側受(がわうけ)を、より車体端側となる荷受梁の終端に設ける事で対処した。ここで側受部はコロで曲線通過時に横方向の変位を許容する構造とした。「移動側受方式」と呼ばれ、片方が側受を容易に動かせる様にコロになる。コロには車輪状ではなく、球状のものを採用した。大型(直径3インチ〈約7.62 cm〉)の「軸受鋼球」である。これらの対応で、曲線区間の通過性能向上と各軸の負担重量均等化を図った。移動側受方式はドイツで始められ、日本では先にシキ600形貨車で用いられている[1]

台車は、軽量化と強度のバランスを重視して設計され、本形式独特の特殊なボギー台車となった。台車内で隣接する車輪の軸は、4軸台では2軸ずつ、3軸台車では3軸全部が釣合梁(つりあいばり、イコライザ)[10]で直結され、一体化されている。釣合梁の軸箱間には台車の側面に垂直に円筒状のオイルダンパが取り付けられた。コイルバネと共に走行中の上下振動を吸収する。800 mm と小径の一体圧延車輪や使用頻度を考慮した厚みの薄いタイヤ、薄肉鋳鋼の特殊なものを利用した軸箱などで重量を抑えている。同様の理由から、軸箱装置を両側から支える「軸箱守」は持たない。尚、中空車軸は当時、大物車では既に常識的存在となっていた[1]

ブレーキ装置は自動空気ブレーキである。国鉄貨車で汎用的に装備された K 三動弁[11]と UC 形ブレーキシリンダを用いている。従前の大物車同様に手動式の積空切替機構を付け、ブレーキシリンダピストンの有効面積を変化させて、積荷の有無で非常に大きく変化するブレーキ率[12]に対応している。1台車に2組を搭載し、車両全体での総搭載数は16組となる。留置ブレーキは回転ハンドル式である。ブレーキシューにはレジン制輪子を一輪毎に1個使用している。目的は軽量化だったが、当時の従来型大物車で保守上の大きな問題だったブレーキシューの交換頻度を減らす効果が、予期せず得られたとされている[1]

運用の変遷[編集]

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本形式は製作時より常磐線常陸多賀駅茨城県日立市)に常備され、近隣の日立製作所国分工場で製作された超大型変圧器の輸送に使用された。1968年(昭和43年)10月国鉄ダイヤ改正では最高速度 65 km/h 以下の「低速貨車」とされ、識別のため車体側面に黄1号)の帯を配した。その後も使用され続けはしたが、各種情勢の変化[13]に伴い余剰となり、1982年(昭和57年)6月17日に除籍され、のちに解体された。

脚注(注釈・出典)[編集]

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  1. ^ a b c d e 大江昇、永弘太郎「シキ700形 280 t 積大物車(PDF)、『日立評論』1962年昭和37年)4月号、72 - 75頁、日立評論社
    当車の仕様概要、要求性能に対する設計製作上の課題と対策(「移動側受方式」採用等)、及び試験結果(工場内試験線と山陽本線下松四辻間の試験運転区間で実施)の一部などを設計製作担当者(当時、日立製作所笠戸工場所属)が記した論文(主要寸法図、当車の空車時外形と台車の白黒写真等を含む)。
    • 当車の空車時外形の写真は、同誌同年1月号(43 - 57頁、「4. 鉄道車両」(PDF)の49頁〈ファイル中7頁目〉第18図)で同様に白黒だが、より大きく、比較的はっきりと見ることができる。
  2. ^ a b 栗田健太郎、栗山卓「275 kV 350,000 kVA 変圧器の組立輸送(PDF)、『日立評論1964年昭和39年)7月号、13 - 16頁、日立評論社(日立製作所 ブランド・コミュニケーション本部 宣伝部)
    超大型貨物の出荷は納品先の立地に影響される。
    火力発電所用は海上輸送が主で制約はまず無い。変電所用は陸送が主で、当時は、主流の鉄道により制約を受ける。加えて、完成品を組み立て済みの状態で運ぶ、「組立輸送」が最良とされた。製品は完全オーダーメイドの上、各種試験も済ませており、分解して運ぶと信頼性低下や作業期間増加などが問題とされたからである。
    中部電力西名古屋変電所への超大型変圧器の納品は、当車「280 t 積シキ-700号」を使うことで組立輸送に成功した。超巨大貨物輸送は鉄道では寸法(幅と高さ)と重量が制限されるため、先に納品した変圧器での経験を生かして色々な工夫を施した。
    当車は積荷と自分とを「一体化」して運ぶ。貨車を構成する巨大な部品となる変圧器は、出荷前に同社考案の「簡易荷重試験装置」で「輸送強度」が確認された。
    当車の車籍は、この頃には国鉄に編入済みであった。
  3. ^ 記録映画68の車輪製作:東京シネマ(後、東京シネマ新社)、企画:日本通運 1965年昭和40年) イーストマン・カラー 32分 (科学映像館NPO法人・科学映像館を支える会〉、ウェブサイト上で公式無料公開
    冒頭から5分程の間に、当車が登場する。日立製作所国分工場で構内用ディーゼル機関車(DL)推されて回送されるシーンに始まる。続いて、巨大変圧器(電力容量30万 kVA重量280 t)を積み込み、重連の構内用DLに推されて旅立つ。国鉄線では蒸気機関車が牽引する。
    柏駅到着後、変圧器は本作主役の「300トン・シュナーベル式トレーラー」に積み替えられる。「300 t 積シュナーベル形トレーラー」などとも呼ばれ、この時の積載後は最大の全長48 m、総重量400 t になった。車輪総数は作品題名になっている。
    駅東側の荷役線に接する作業場から東京電力東東京(後、新野田)変電所千葉県野田市)内の変圧器設置用台座まで、5日間かけて陸送する。約17.5 km の行程となる。当時は未舗装道路が多く、輸送中、いわゆる「田舎」を補強する鉄板を設置・解体するなどの土木工事をも含めて行う苦労を重ねる様子も描かれている。
    ちなみに、当車と同トレーラーのカップリングでの同じルートの輸送には、この他にも実績がある(「日立ニュース(PDF)、『日立評論』1967年昭和42年)2月号、99 - 102頁)
  4. ^ 全長3.3mの大型模型『シキ700形』約40年ぶりに公開中!鉄道博物館Facebook):
    当車の巨大模型の写真を掲載している。鉄道博物館の収蔵庫で催事準備中に「再発見」した頃に撮影されたものという。模型は同館の交通博物館時代に、1963年昭和38年)から、おおよそ10年ほど常設展示していたとしている。
  5. ^ シュナーベル式貨車の外形の変化の例
    空車時(イメージ、項目「大物車」にて解説)
    積車時(他形式車の例、中央が積荷、ドイツ、2009年)
  6. ^
    シキ600。
    これは積荷の全長が搭載可能最大長の10,000 mm の場合である。搭載可能積荷最大長は同類の貨車ではシキ600形貨車 の12,000 mm の方が長い。シキ600の最大積載重量は240 t であるので、積める貨物は、重量では当車の方が大きいが、容積ではシキ600の方が大きい、ということになる。
  7. ^
    ソ300。
    自重は、事業用車両を含めると、橋桁架設用操重車 ソ300形 の 153.5 t が最大値となる。
  8. ^ この様に積荷を固定する方法は、例えば、2人で向かい合わせに立って、両方の手を互いに相手とつなぎ、立ったままで立ち位置をキープして、つないだままの手を下に降ろそうとすると、どうしても上半身が相手の方に近づいてしまう、ということと似ている、と考えれば、分かりやすい。
  9. ^ このため、変圧器は鉄道輸送に堪え得る強度をもつ設計で製作される。輸送前には実際に荷重試験用の梁に据え付ける積付試験などが実施され、強度が確認される。
  10. ^
    TR71形。緩やかなW字型の部分が釣合梁。
    TR13形。釣合梁は緩やかなU字部分。
    当車の台車は外形で一見、同じ釣合梁の軸箱支持装置を持つ TR10形台車の派生形式に似た感じのものが有る。当車の3軸台車は TR71 形3軸台車に似ており、4軸台車は TR13 形2軸台車が2つ並んだ様になる。
    当車の台車の写真(白黒)は『日立評論』1962年昭和37年)4月(72 - 75頁、「シキ700形 280 t 積大物車(PDF)〉の74頁〈ファイル中3頁目〉)に掲載されている。
  11. ^ 「K 三動弁」とは、自動空気ブレーキに用いられるブレーキ制御弁の内、二圧力式制御弁の一種である。「K 型三動弁」とも呼ばれる(「主要取扱製品、鉄道車両用製品、E・EF制御弁」〈ナブテスコサービス(株)鉄道部〉)。英語では"(type) K triple valve(s)"と呼ばれる"Westinghouse Triple Valves"〈PDF〉 古い技術書のコピー、The Hawaiian Railway Society〈英語〉〈保存鉄道博物館ハワイアン・レイルウェイ(ハワイ鉄道)、オアフ島・エバビーチ〉がウェブ上で公開)(K triple valve関連の特許情報検索結果〈英語〉Google Patents〉)
    日本では1928年頃から1970年頃まで製造され続けた(白井昭〈名古屋レールアーカイブス会員・元大井川鐵道株式会社)他、「アーカイブスニュース52 生きている産業考古学の証人 貨車用K三動弁」〈PDF〉『100年の歴史を持ち今も現役の貨車用K三動弁』)
  12. ^ ブレーキ率とは、ブレーキシューに作用する力の総和と車体総重量との割合、を意味する「鉄道に関する技術基準(車両編)における基礎知識(8)-ブレーキ装置」 (PDF) (一般社団法人 日本鉄道車輌工業会鉄車工〉)
    重量に対するブレーキの圧迫力の割合を、ブレーキ率という(「ブレーキのせいのう ブレーキの性能」、『鉄道辞典』、1571 (PDF) - 1572 (PDF) 頁、公益財団法人 交通協力会がウェブ上で公開)
  13. ^ 和田守兄、他「変圧器の環境適合技術(PDF)、『日立評論』1991年平成3年)6月号、7 - 14頁、日立評論社
    昭和30年代(1955〜1964年)、大型変圧器は工場で一旦完成させた後、各部品に分解して運ぶ「分解輸送」が一般的だった。
    設置場所まで直接、完成品を運ぶ「組立輸送」が可能になると、分解と再組立による製品の品質低下と作業期間の増大の恐れ、シュナーベル式の貨車やトレーラーの登場(「超」大型に対応)、などの理由で組立輸送がメインとなった。
    その後、貨物取扱駅の減少、巨大物資運搬が許される道路の減少、製品の大きさが輸送限界を超過、輸送費の増加などが原因で、組立輸送が問題となった。そこで、対策として分解輸送技術を進化させた、としている。
    超大型変圧器の組立輸送の需要が減れば、当車の需要が減るのは当然のことである。

参考文献[編集]

関連項目[編集]