国立オリンピック記念青少年総合センター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
国立青少年教育振興機構 > 国立オリンピック記念青少年総合センター
国立オリンピック記念青少年総合センター
NYC 01.JPG
施設全景
情報
用途 研修所
設計者 国土交通省関東地方整備局営繕部・坂倉建築研究所大阪事務所[1][2]
構造設計者 構造計画研究所[2]
設備設計者 総合設備計画[2]
施工 ハザマ佐藤工業松村組特定建設工事共同企業体(ユニット棟・低層棟)
戸田建設淺沼組・ ザ・オースチン・カンパニー特定建設工事共同企業体(中層棟・国際交流個室宿泊棟)
飛島建設・東海興業特定建設工事共同企業体(センター棟)
松村組・新井組特定建設工事共同企業体(スポーツ棟)
淺沼組(駐車場・案内所)
今西組(桜花亭)[1][2]
建築主 文部科学省
管理運営 国立青少年教育振興機構
敷地面積 90,989.69 m²
建築面積 26,550.08 m² (建蔽率29%)
延床面積 84,968.14 m² (容積率93%)
状態 完成
高さ 約37m(D棟、センター内最大)[2]
駐車台数 200台
着工 1992年3月
竣工 2001年3月
開館開所 1966年1月
改築 2001年9月(全面オープン)
所在地 151-0052
東京都渋谷区代々木神園町3-1
テンプレートを表示
センター棟
国際交流棟(右)とカルチャー棟(左)
宿泊D棟から見た他の宿泊棟


国立オリンピック記念青少年総合センター(こくりつオリンピックきねんせいしょうねんそうごうセンター、英称:Youth Education National Olympics Memorial Youth Center、英略称:NYC[注 1]は、文部科学省が所管する独立行政法人国立青少年教育振興機構が運営する青少年に学習と体育活動の場を提供することを目的とする社会教育施設(研修所)である。

概要[編集]

陸軍省1909年代々木練兵場を開設し、1920年にその隣接する御料地明治神宮が鎮座された[2]

終戦によって代々木練兵場は進駐軍に接収されワシントンハイツとなり、1955年には本施設の所在地に独身将校用宿舎が建設された[4]。ワシントンハイツは1964年東京オリンピックの開催を機に、日本国に全面返還され、五輪期間中に同宿舎は女子選手村として使用された[2]。五輪閉会後に選手村跡地の一部をオリンピック記念青少年総合センターとして利用することが決定し[注 2]1965年4月に運営する特殊法人が文部省の所管として発足。翌年1月から研修生の受け入れを開始した。愛称は「国立オリンピックセンター」が一般的である。

施設には、体育館、研修棟、浴場等が必要に応じ増設された。だが、1980年代半ばには老朽化が顕著となったこと、また社会構造の変化や多様化するニーズに対応することを踏まえ[1]1988年に2期に分け新築工事が実施されることが決まった。

この方針に則り、1992年3月から第1期分として、全面道路から奥まった東側の明治神宮と接するエリアで宿泊A、B、C、D棟および国際交流棟の工事が着工。1995年1月に1期工事は竣工した[1]。次いで、同年11月に2期工事分のセンター棟およびスポーツ棟、1998年3月までにカルチャー棟および地下駐車場・案内所等がそれぞれ着工。2001年3月にすべての施設が竣工し[2]、同年9月にカルチャー棟の受入れ開始によって全面新装オープンした。

設備や立地に対して宿泊費や施設使用料が比較的安価であり、個人のほか、スポーツ、企業の研修会、修学旅行生の宿泊、NPOや学生団体などの集会やイベント開催等でも利用されている。また、1980年代から1990年代にかけては、中国残留孤児の捜索の一団が来日した際の定宿としても知られた。なお、宿泊A棟とD棟については2010年10月1日から団体やセンターで行われる研修参加者の他、個人での予約利用が可能となった。

沿革[編集]

  • 1965年(昭和40年): 東京オリンピック旧選手村跡地に、青少年育成のための学習活動・研修活動のための場を提供することを目的に、文部省所管の特殊法人としてオリンピック記念青少年総合センター設立。
  • 1980年(昭和55年): 文部省附属の国立オリンピック記念青少年総合センター(国の組織)に移行。
  • 1991年(平成3年): 整備基本構想に基づき工事が着工。
  • 2001年(平成13年): 文部科学省所管の独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合センターに改組。
  • 2006年(平成18年): 独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合センターは、独立行政法人国立青年の家、独立行政法人国立少年自然の家と合併し、独立行政法人国立青少年教育振興機構となる。
  • 2009年(平成21年): 12月28日から2010年1月4日までの間、国と東京都による公設派遣村が設置。
  • 2012年(平成24年):施設内にあった東京代々木ユースホステルが営業終了。

脚注[編集]

[ヘルプ]

[編集]

  1. ^ 通常はこれを省略して National Olympics Memorial Youth Center としている。ただし英語の memorial が意味するのは「記念」ではなく「追悼」または「故人を偲ぶ」で、この誤訳を指摘された同センターでは英称から Olympics Memorial を省いた National Youth Center を通称とし、その頭文字をとってNYC と表記している[3]
  2. ^ このほか、東京都への返還地には代々木公園が整備され、国際放送センターとして建設された建物はNHK放送センターとなった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d 『新建築』 1995年6月号
  2. ^ a b c d e f g h 『新建築』 2001年12月号
  3. ^ [1]
  4. ^ 『渋谷区の歴史』p.205

参考文献[編集]

  • 東京ふる里文庫11 東京にふる里をつくる会編 『渋谷区の歴史』名著出版、1978年。 

最寄り駅[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度40分28.7秒 東経139度41分36.4秒