国民突撃銃

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
VG-45(Volkssturmgewehr 45)
Volkssturmgewehr VG 1-5 Suhl.jpg
博物館に展示されるVG-45(右側)
しばしば誤って、VG 1-5(Volkssturm-Gewehr 1-5)、もしくは、VK 1-5(Volkssturm-Karabiner 1-5)、と呼ばれ、この展示品の解説プレートの表記も「Volkssturmgewehr 1-5」となっている。
種類 自動小銃
原開発国 ナチス・ドイツの旗 ナチス・ドイツ
運用史
配備期間 1945年2月-5月
配備先 ナチス・ドイツ
関連戦争・紛争 第二次世界大戦
開発史
開発期間 1944年末期
製造業者 グストロフ社
製造期間 1945年1月-5月
製造数 約10,000挺
派生型 セレクティブ・ファイア機能搭載型
諸元
重量 4.6 kg (10.1 lb)[1]
全長 885 mm (34.8 in)[1]
銃身 378 mm (14.9 in)[1]

弾丸 7.92x33mm弾
口径 7.9mm
作動方式 ガス遅延式
発射速度 半自動
装填方式 30発箱型着脱式(StG44突撃銃と同一のもの)
照準 固定式
テンプレートを表示

国民突撃銃(こくみんとつげきじゅう、ドイツ語Volkssturmgewehr, VG (フォルクス・シュツルム・ゲヴェーア))は、第二次世界大戦末期にナチス・ドイツによって開発された簡易小銃の総称である。

多くの関連書類が敗戦時に処分され、銃自体の現存数も少ないため、国民突撃銃については不明な点も多い。また、制式名称が与えられていなかったこともあり、これらの銃は様々に呼ばれた。例えば、特によく知られるグストロフ社製の7.92x33mm簡易自動小銃は、Selbstladegewehr(自動装填小銃)、Selbstladekarabiner(自動装填騎銃)、Volkssturmgewehr 1-5(国民突撃銃 1-5)、Volkssturm-Maschinenpistole45(国民突撃短機関銃45)、Gustloffvolkssturmgewehren(グストロフ国民突撃銃)、Volkssturm-Selbstladegewehr, Gustloff-Werke(グストロフ製国民突撃自動装填小銃)、Selbstlader mit Kurzpatrone 44(44年式短小弾自動装填銃)、Versuchsgerät 1-5(実験機材1-5)などと呼ばれた。戦後は総称として国民突撃銃という語が用いられることが多い[2]

簡易武装計画(Primitiv-Waffen-Programm)[編集]

1944年末、第二次世界大戦も終盤に差し掛かり、東部戦線及び西部戦線での大敗を繰り返すナチス・ドイツの敗色は濃厚になりつつあった。それでもなお抵抗を続けるべく、1944年9月25日には総統命令の元に国民突撃隊Volkssturm)が設立され、ドイツ国民の大多数が動員された。しかし、各戦線での敗北と共に装備品の喪失も増大していた。国防軍武装親衛隊の正規部隊ですら慢性的な装備不足に陥る中、雑多な鹵獲銃や旧式銃をかき集めてでさえ国民突撃隊を武装するために十分な銃器など既に残されていなかった。このため、簡易武装計画Primitiv-Waffen-Programm)が発動されたのである。この計画では目下の需要を満たすべく、短期間で大量に生産できる武装が要求された。

多くの企業が参加し、7.92x57mmモーゼル弾または7.92x33mm弾を用いる各種簡易小銃が開発された。設計された簡易小銃は国民突撃銃Volkssturm-Gewehr, VG)と総称され、ボルトアクション式小銃と自動小銃が混在していた。1944年11月、総統アドルフ・ヒトラーに対するデモンストレーションが行われた。ヒトラーは各種VGのうち、弾倉を備えない単発式のものの採用を却下すると共に、弾倉容量は10発程度が好ましいとして、7.92x33mm銃ではStG44突撃銃用30連発弾倉を用いるべきではないという見解を述べた。グストロフ製自動小銃については酷評しており、高価で製造コストがStG44と同程度である上、弾薬消費が激しいことなどを批判した[2]

第三帝国の崩壊を前に、ドイツ全土の通信連絡は寸断され、既に組織だった生産体制を整える事など不可能となっていた。最終的に、各地の大管区指導者たちは地域ごとに独自の武装生産を行わせる事になる。その為、各VGの最終的な生産数は全く不明だが、実際に使用されたVGが少数ながら現存している。

VG-1、VG-2、VG-5[編集]

VG-1ボルトアクション式小銃である。ワルサー社で設計された。粗雑なボルトハンドルや安全装置付の機関部は鋳鋼製で、2つの前方ラグで閉鎖される単純な回転ボルト機構を使用している。装弾にはG43自動小銃用の着脱式箱型弾倉が使用された。安全装置も非常に簡易なもので、用心鉄に固定されたプレス加工鋼のレバーが引き金の後ろにあるのみである。安全状態では、このレバーによって引き金の動きが阻害される。解除する際には単にレバーを側面へ起こすのである。銃床は木製で、至近での射撃のみを想定した固定式照準器を備えていた。

VG-2もまた、類似の機関部や安全装置を備えたボルトアクション式小銃である。閉鎖機構はプレス加工鋼の機関部内にある2つの正面ラグで閉鎖される。VG-2もまたG43の弾倉が使用できる。木製銃床はショルダーストック部とセミピストルグリップ及びフォアエンド部の2部品で構成されている。照準器は固定式で、照準距離は100mに設定されていた。

VG-5またはVK-98(Volkssturm-Karabiner 98)は、最も単純化された単発式ボルトアクション式小銃である。Gew98と同等の機関部を使用してはいたものの、内蔵弾倉を備えておらず、射撃ごとに1発ずつ薬室へ銃弾を装填しなければならなかった。銃身はGew98のほか、加工したMG34またはMG42機関銃用の余剰品が用いられた。照準器は固定式で、安全装置も備えていなかった。主にオーストリアのステアー社工場にて製造された。

グストロフ社の国民突撃銃(VG-45)[編集]

オーデル川付近で陣地構築を行う国民突撃隊の兵士。左の兵士がグストロフ特殊国民突撃銃を手にしている。

一方、グストロフ社ドイツ語版では1944年の簡易武装計画に基づく国民突撃銃として自動小銃を設計し、最初は「MP507」と呼ばれたが、この小銃には特殊国民突撃銃(Volkssturmgewehr Spezial)あるいはVG-45なる名称が与えられた。設計責任者はグストロフ社のカール・バルニツケ技師(Karl Barnitzke)である。VG-45の生産は1945年1月から終戦まで続き、およそ1万挺ほどが製造されたとされる[1]

この銃はStG44突撃銃と同様の7.92x33mmクルツ弾を使用し、着脱式弾倉も同一の物(10発入り・30発入り)を使用した。バルニツケ・システムと呼ばれるガス遅延ブローバック機構を採用しており、この構造は後にH&K P7拳銃などで使用された。

VG-45の構造は、同時期の自動小銃よりむしろ自動式拳銃に近く、バレルジャケットの内側にはバレルを芯にする様にバネが内蔵されており、射撃時にはバレルジャケット全体が後退する。銃尾部はファイアリングピンやエキストラクターと共にバレルジャケット後部に固定されている。銃の後端は後退せず、ハンマーやシア、及びトリガーが組み込まれている。バレル後端近くには4つのガス孔があり、ここから流入したガスによって機関部が動作した後、ガス圧が低下するまではボルトの閉鎖が維持される。

VG-45は、基本的に半自動(セミオート。装填と排莢だけ自動で、一発ずつ引き金を引いて射撃する)だが、中には少数ながらセレクティブ・ファイア機構を搭載したものもあったとされる(「前期型は半自動(セミオート)だが、後期型は全自動(フルオート)も可能になった」という言い方もされる)。

バリエーションとして、前床にピストルグリップ状のフォアグリップが付き、後床の形状が微妙に違う、「MP508」も存在した。

戦後[編集]

現在、ドイツの銃器メーカーであるHZA Kulmbach GmbHがVG-45のクローン銃をBD 1-5の名称で製造している。半自動(セミオート)専用であり、フレームがステンレス製で、仕上げは(戦争末期ではないため当然であるが)オリジナルのVG-45よりも良い。

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c d VG.1-5”. Modern Firearms. 2018年3月5日閲覧。
  2. ^ a b VG1-5: Firing the Unlocked Rifle”. VG1-5: Firing the Unlocked Rifle. SmallArmsReview.com. 2018年3月5日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]