国民民主連盟

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ミャンマーの旗 ミャンマー政党
国民民主連盟
ビルマ語: အမျိုးသား ဒီမိုကရေစီအဖွဲ့ချုပ်
Flag of National League for Democracy.svg
書記長 アウンサンスーチー
中央執行委員会議長 ティン・ウ
成立年月日 1988年9月[1]
本部所在地 ミャンマーの旗 ミャンマーヤンゴン市バハン区[2]
国民代表院議席数
255 / 440   (58%)
民族代表院議席数
135 / 224   (60%)
政治的思想・立場 自由民主主義[3][4]
自由保守主義[4]
社会民主主義[5]
保護貿易主義[6]
ポピュリズム[7]
公式サイト nldofficial.org
国際組織 アジア・リベラル民主評議会
(オブザーバー)[8]
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国民民主連盟(こくみんみんしゅれんめい、ビルマ語: အမျိုးသား ဒီမိုကရေစီ အဖွဲ့ချုပ်英語: National League for Democracy, NLD)は、ミャンマー(ビルマ)に存在する政党。2016年の政権獲得まで、軍事政権、並びにその流れを継ぐ政権の施策に抵抗した点で、ミャンマー最大の反政府組織であった。党首はアウンサンスーチー(書記長を兼任)、中央執行委員会議長はティン・ウ

かつて存在した亡命政府であるビルマ連邦国民連合政府(NCGUB)の主要構成団体の一つである。

概要[編集]

8888蜂起の中、1988年9月27日に結成。軍事政権・国家法秩序回復評議会(SLORC)が管理する中、1990年に行われた総選挙で大勝し、492議席中の392議席(占有率81%)を獲得した。ただし、軍事政権が推す旧与党系の国民統一党が大敗したため、軍事政権は国民議会の召集を拒否し続けた。また、軍事政権はNLDの抵抗力を殺ぐために、総選挙以降、NLDの国内での活動を禁止し、同党の幹部や議員らを多数投獄した。SLORCが1997年に改称した軍事政権・国家平和発展評議会(SPDC)は、2001年にNLDの国内での活動再開を容認し、あわせてNLDの政治犯釈放し始めた。しかし、2004年に軍事政権が開催した制憲国民会議への協力をNLDが拒否したため、軍事政権は同年中にNLDの活動を再び禁止した。また、2006年以降、軍事政権や翼賛団体である連邦団結発展協会(USDA)からの嫌がらせを受け、多数の党員が脱党する事態が生じた。

亡命などによって海外にいる党員、支持者たちは、タイ王国メーソート郡バンコクなどを拠点に、海外組織である国民民主連盟(解放地域)を組織し、日本イギリス大韓民国などに支部を設けて民主化支援活動を展開していた。

政党登録期限である2010年5月6日までに手続きを行わず(軍事政権主導の総選挙へのボイコット)、解党。22年間の闘争活動に終止符を打った。しかし、選挙を戦うべきと主張する一部の勢力によって、国民民主勢力(NDF)が結成されている。一方で公式サイトを開設し、ウェブで民主化を訴えている[9]。サイトにはアウンサンスーチーのコメントや、NLDの活動についての動画もある[10]

2010年11月に軟禁状態を解かれたアウンサンスーチーの政治活動再開をめぐって政府との軋轢もあったが、2011年7月になって、アウンサンスーチーとテイン・セイン大統領との対話が実現。国家の発展のために協力し合うことで合意し、政府側からはNLDの政党再登録を勧める意見が出された[11]。その後、連邦議会で選挙関連法規が改正されることを受け、同年11月25日には政党としての登録を行い[12]、2012年4月1日に行われたミャンマー連邦議会の補欠選挙[13]にアウンサンスーチーを含む44人の候補者を擁立[14]。補欠選挙の結果は、アウンサンスーチーを含む40人が当選するという大勝だった[15]

2015年11月に行われた総選挙において8割を超す議席を獲得し、与党・連邦団結発展党(USDP)に圧勝した[16]。選挙の勝利にともなってNLDは新政権を担当することとなり、ティンチョーを新大統領に擁立した。新政権では党首のアウンサンスーチーが外務大臣、大統領府大臣、国家顧問(新設の職)を兼任し、政権の実権を握ることとなった。

獲得議席[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 片山裕 (2008年). “国民民主連盟(こくみんみんしゅれんめい)とは”. コトバンク. 知恵蔵. 朝日新聞社. 2020年7月24日閲覧。
  2. ^ Frangos, Alex; Patrick Barta (2012年3月30日). “Quarters Becomes Tourist Mecca”. ウォール・ストリート・ジャーナル. http://professional.wsj.com/article/SB10001424052702304177104577311330962815886.html 2012年5月4日閲覧。 
  3. ^ Nay Yan Oo (2017年5月12日). “Myanmar is ripe for third-party opposition” (英語). lowyinstitute.org. Lowy Institute. 2020年7月24日閲覧。 “The NLD and the proposed third party of the 88 Generation would find support primarily from those voters who are inclined to aspire to liberal-democratic values.”
  4. ^ a b Zappulla, Roberta (December 2017) (英語) (PDF). Challenges for the National League for Democracy in Achieving Peace and Democracy in Myanmar. Metropolitan University of Prague. p. 1. doi:10.13140/RG.2.2.17724.74888. https://www.researchgate.net/profile/Roberta_Zappulla/publication/321938815_Challenges_for_the_National_League_for_Democracy_in_Achieving_Peace_and_Democracy_in_Myanmar/links/5a3a3c730f7e9baa5018b6c4/Challenges-for-the-National-League-for-Democracy-in-Achieving-Peace-and-Democracy-in-Myanmar.pdf 2020年11月5日閲覧. "The NLD embraces a liberal democratic ideology. ...(中略)... The firm ideology of the NLD founds a new facet amid democratic liberalism and liberal conservatism." 
  5. ^ Leftist Parties of Myanmar”. broadleft.org. 2011年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月24日閲覧。 “soc.dem.”
  6. ^ Livia Yap; Tom Redmond (2019年3月7日). “Asia Investors Split With West Over Myanmar's Rohingya Crackdown” (英語). Bloomberg News (ブルームバーグ). https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-03-06/asia-investors-split-with-west-over-myanmar-s-rohingya-crackdown 2020年7月24日閲覧. "The country’s problems range from a lack of electricity -- less than one-third of households have access to it -- to protectionist laws that shut off vast sectors of the economy." 
  7. ^ Khin Zaw Win (3 2018). “Falling Back on Populism in Post-Ideology Myanmar” (英語) (PDF). Conference Paper. 67. ERPI 2018 International Conference - Authoritarian Populism and the Rural World. The Emancipatory Rural Politics Initiative. https://www.tni.org/files/article-downloads/erpi_cp_67_win.pdf 2020年7月24日閲覧。 
  8. ^ Observer Party” (英語). cald.org. アジア・リベラル民主評議会. 2020年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月24日閲覧。
  9. ^ 2011年2月1日の朝日新聞朝刊6面
  10. ^ 2011年2月1日の朝日新聞朝刊6面
  11. ^ “「国の発展に協力」スー・チーさんと政権が共同声明”. 朝日新聞. (2011年8月12日). オリジナルの2011年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110813021713/http://www.asahi.com/international/update/0812/TKY201108120547.html 2011年8月17日閲覧。 
  12. ^ “政党再登録を申請 スー・チーさんのNLD”. 産経新聞. (2011年11月25日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/111125/asi11112519140002-n1.htm 2011年12月3日閲覧。 
  13. ^ 憲法英語版ビルマ語版の規定では、閣僚と連邦議会議員との兼職が禁じられており、与党・連邦団結発展党(USDP)の議員がテイン・セイン政権の閣僚に転出して空席になった議席が補欠選挙の対象になった。
  14. ^ “スー・チーさん国政復帰へ…米国務長官12月訪問”. 読売新聞. (2011年11月19日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20111118-OYT1T01244.htm 2011年11月19日閲覧。 [リンク切れ]
  15. ^ “スー・チーさんのNLD、40人当選と選管発表”. YOMIURI ONLINE (読売新聞). (2012年4月2日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20120402-OYT1T00956.html 2012年4月2日閲覧。 
  16. ^ “全議席が確定、スー・チー野党が8割制す圧勝”. 産経新聞. (2015年11月20日). http://www.sankei.com/world/news/151120/wor1511200067-n1.html 2015年11月25日閲覧。 
  17. ^ a b BY-ELECTIONS SPECIAL” (英語). altsean.org. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月24日閲覧。
  18. ^ a b 中西嘉宏, 長田紀之 (2016年1月). “2015年ミャンマー総選挙:国民民主連盟(NLD)の歴史的勝利”. IDEスクエア. 日本貿易振興機構. 2020年7月24日閲覧。
  19. ^ 岡部一明「ミャンマー民主化の課題と展望 -少数民族問題、経済開発 (PDF) 」 『東邦学誌』第41巻第2号、愛知東邦大学、2012年12月10日、 17-18頁、 ISSN 028740672020年7月24日閲覧。

外部リンク[編集]