国民戦線 (フランス)

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フランスの旗 フランスの政党
国民戦線
Front National
党首 マリーヌ・ル・ペン
全国代表 ブルーノ・ゴルニッシュ
成立年月日 1972年
本部所在地 ナンテール
92000 スイス通り76-78番地
国民議会議席数
2 / 577   (0%)
(2012年)
元老院 議席数
2 / 348   (1%)
(2014年)
欧州議会
23 / 74   (31%)
(2014年)
政治的思想・立場

フランスナショナリズム
国民保守主義
移民
欧州懐疑主義
保護貿易主義
反グローバリズム
国家主権主義英語版

極右
公式サイト 党公式サイト
シンボル Logo Front National.svg
(イメージカラー)
国際組織 欧州議会国家と自由の欧州英語版、議員数:20名)
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国民戦線(こくみんせんせん、フランス語: Front National:FN)は、フランス政党。党首は、マリーヌ・ル・ペン。反EU移民排斥を掲げている。2005年におきた移民による暴動以来、移民に対する反感が強まっているフランスにおいて急速に支持を伸ばしている。近年、政権入りが現実味を帯びてきたことから、支持層を広げるため、移民排斥以外の主張については緩和させる傾向にある。

概要[編集]

2005年5月25日パリ市内で開かれた集会で演説するジャン=マリー・ル・ペン党首(当時)

1972年10月にアルジェリア独立反対派などの右派勢力が集まって、ジャン=マリー・ル・ペンが創設した。結成当初は、弱小政党だったが、1980年代に入りフランスの経済が悪化し失業者が急増すると支持を広げていき選挙ごとに票が増えていった。1986年国民議会議員選挙では選挙制度比例代表制に変わったことから、270万3442票(9.7パーセント)を得て、35議席獲得した。しかし、それ以降は小選挙区制に戻ったことから、0-1議席と低迷する。1997年以降、景気が回復し失業率が解消され始めると支持率が低下した。さらにル・ペン党首の度重なる暴言や1997年国民議会議員選挙時の社会党候補に対する暴行事件にナンバー2のブルーノ・メグレが反発。また同選挙では1名を当選させたが、公職選挙法違反などで当選無効となった。

1998年12月の欧州議会選挙を巡って対立は激しくなり、メグレ派は離党して1999年1月に新政党「共和国運動」を結成、国民戦線に打撃を与えた。この時期に党員や活動員をかなり減らしたが、数年で勢力を回復し2002年の大統領選挙に出馬したル・ペンは、決戦投票まで残り世界を驚愕させた。2004年欧州議会議員選挙ではフランス全土で168万4868票(9.8パーセント)を得て7議席獲得した。2005年に発生したパリ郊外暴動事件以後の世論調査ではさらに支持を伸ばした。

フランス人至上主義を掲げ黒人イスラム系の移民排斥(ただし、フランスの文化を尊重する移民は拒まない)を唱えているが、他国からの移民によってフランス人としての権利が奪われているという感情から一部のフランスの海外県や海外領土の黒人からも支持を得ている。また、ル・ペンの側近の一人ブルーノ・ゴルニッシュ京都大学に留学した経験を持ち妻は日本人である。ル・ペン自身、日本の(そしてスイスの)国籍法を支持している。

2011年1月16日の党大会でル・ペンの三女であるマリーヌ・ル・ペンが新党首に選ばれた[1]2012年の大統領選挙でマリーヌが獲得した得票率17.90%は、国民戦線の大統領候補者としては最高記録である[2]。大統領選挙直後に行われた議会総選挙では、マリー・ルペン前党首の孫娘であるマリオン・マレシャル=ルペン弁護士ジルベール・コラールの2名が当選、14年ぶりに国民議会における議席を復活させた[3]。なお、元国民戦線党員のオランジュ市長ジャック・ボンパールを含めると右派勢力は3議席となる。

フランス共和制史上最年少で当選したマリオン・マレシャル=ル・ペン議員

2013年10月13日ヴァール県議会補欠選挙の決選投票において国民戦線の候補が得票率54%で当選した。地方の1議席をめぐる争いであったが、フィガロ紙は「国家的影響がある」と大きく報じた。2013年10月公表の世論調査では、翌年5月の欧州議会選挙での投票先を国民戦線と回答した者が24%となり、国民運動連合(22%)や社会党(19%)を上回って首位となった[4]

2013年10月、アラン・ドロンがスイス紙とのインタビューで「国民戦線は重要な位置を占めている。よいことだと思うし、理解もする」と国民戦線への支持を公言した。このことが物議を醸し、同氏は10月18日に美女コンテスト「ミス・フランス」運営委員会の名誉会長を辞任した[5]

2014年フランス統一地方選挙フランス語版の第1回投票では5%の票を獲得、2008年の第1回投票時の得票率0.9%を大きく上回り躍進、ルペン党首は「FNは主要な独立勢力の段階に到達した。国家レベルでも地方レベルでも、ひとつの政治勢力となった」と語った[6][7]。また、第1回投票においてアヴィニョンエナン=ボーモンで第1位となったことが大きな話題となった[8]。3月30日に行われた第2回投票では得票率6.8%となり、14以上の自治体で第1党となった[9]

2014年欧州議会議員選挙 (フランス)では、約25%の得票を得て24議席を獲得、大躍進を果たす。マニュエル・ヴァルス首相は、選挙結果を「警鐘どころではない。衝撃であり、地震だ」と述べた[10]フランソワ・オランド大統領は選挙結果を受けて閣僚らの緊急会議を招集した[11]

マリーヌ・ルペン党首となってからは穏健路線を模索しており、政権獲得も視野に入ってきたことから、反ユダヤ的発言など相変わらず右翼的発言を繰り返すジャン=マリー・ルペン名誉党首との父娘の確執が深まり[12]、ジャン=マリー・ルペンは2015年5月に国民戦線の党員資格を停止され[13]、10月には党を除名された。ジャン=マリー・ルペン元名誉党首は新党「Blue, White and Red Rally」を結成した。

2015年11月に起きたパリ同時多発テロ事件の直後となる、2015年12月6日に実施されたフランスの州議会議員選挙(比例代表2回投票制)では、国民戦線は「反移民」をスローガンに掲げ、テロへの不安を背景に支持を取り込んだ。第1回投票におけるフランス全体での得票率は28%と、2010年に行なわれた前回選挙の11%から躍進し、全13の選挙区のうち6つで首位となり、特にジャン=マリー・ルペン党首の選挙区とマリオン・マレシャル=ルペンの選挙区ではそれぞれ41%の得票率を獲得し、第2回投票で第一党となる可能性が出た[14][15]。これをうけ、与党の社会党は第2回投票で「極右の躍進阻止」をスローガンに掲げ、2002年の大統領選以来となる選挙協力を実施。上記2つの選挙区での出馬を取りやめ、ニコラ・サルコジ前大統領の率いる共和党への投票を呼び掛けた結果、国民戦線は全ての選挙区で敗北した[16]

台頭の背景[編集]

社会党による自由化政策[編集]

フランソワ・オランド所属の社会党は、悪化傾向の失業率を改善しフランスの経済を上向かせる公約を掲げ選挙に勝利した。フランソワ・ミッテランのようにオランドも始めのうちは伝統的な社会主義に則っていた。オランド政権の初年度、富裕税を提案したり衰退するフランス産業を再浮上させるべく努めた[17]。だが2014年末までには彼らの公約は空虚なものであることが露呈、オランドは緊縮財政政策に反対する人材を排除し、かわりにマニュエル・ヴァルスエマニュエル・マクロンなどを登用した。労働市場の自由化を断行するためである[17]。 失業率の上昇は止まらなかった。2015年3月31日にオランド政権はその自由化の方向性を変えないとアンゲラ・メルケルに確約した[17]。 2008年のリーマン・ショック以降、英国の失業率は改善傾向であるのに対しフランスの失業率は悪化の一途である。

  フランスの失業率 (%)
  英国の失業率 (%)

社会党はフランスの労働者階級の受け皿になることができず、見放され始めた[18]

国民戦線の左傾化[編集]

一方FNのマリーヌ・ル・ペンは、彼女の父親が標榜したレーガノミクス小さな政府といった思想を退けた。 マリーヌ・ル・ペンはフランスの福祉国家モデルを擁護し、そして新自由主義に反対し、左派の票を獲得することに成功した[18]。 さらにはグローバリゼーションをジャングルの法とし、その法の下で多国籍企業が労働力を安く使うものだとした。

マリーヌ・ル・ペンが大統領になった場合の最初の仕事は、フランス経済・財務省フランス・フランの再導入を命ずることである。 共通通貨ユーロを使う限りフランスは独立な金融政策を採ることができない。 2000年頃にはGDPの約2.5%の経常収支黒字だったが、2015年頃にはマイナス1.5%となっている。 ル・ペンはこの現象を「ゆっくりとした拷問」であるとし、1930年代にフランスが金本位制の下で経験したデフレーションにたとえた[18]。 フランスが自国通貨を有していれば、減価させることで輸出競争力を高めることができる。 ユーロ拘束衣を着たままフランスが競争力を回復させることは非常に難しいとル・ペンは述べる。

政策[編集]

マリーヌ・ル・ペンが党首を務める2014年時点でのFNの基本的な政策としては、合法的な移民の数を年間二万人から一万人に下げる、フランスに住む移民の家族配偶者の無条件なフランス居住を禁止、シェンゲン協定の破棄、そしてフランス市民権を得るための条件を厳しくするなどがあげられる[19]。さらには警察官の数を二倍にする。中小企業へ減税する。フランスの製造業を守るための関税を徹底させる。フランス語の国際的地位の回復に取り組む。児童手当など家庭への手当てはフランス人家庭にのみ給付する。 伝統的な家族観とりわけ親子観を大事にする。フランスの国家主権を取り戻すため、EUの基本条約の大幅な見直し交渉を行う。 ユーロ圏を離脱する。フランス独自の農業政策の構築を行い、EUの共通農業政策から離脱するなどがあげられる[19]

外交面においてはマリーヌ・ル・ペン党首はロシアプーチン大統領を評価しており、ウクライナ問題においてもウクライナがアメリカ合衆国に征服されているとみており、ウクライナはいずれの勢力からも独立を保つべきとの立場を主張している。NATOによる強い反露主義に警笛を鳴らしており、反露傾向を強めるアメリカ合衆国新冷戦の最前線にいるとして非難している。また、反ユダヤ主義を取っていた父とは異なり、親イスラエル的となっている。

同性愛についてはシビル・ユニオンで十分であるとする立場であり、同性結婚を廃止する[19]

2012年以前の政策[編集]

極右政党の色が濃かったジャン=マリー・ル・ペン時代の政策。より現実主義を取り、排外主義とは決別し政策的には福祉の充実や弱者の保護を打ち出した現在の国民戦線とはかなり異なる。

政策に対する評価[編集]

極右と評価されるが、一方で福祉政策にも積極的に取り組んでおり、右派だけでなく左派にも支持者がいる[20]

靖国神社参拝[編集]

2010年8月14日日本の民族派右翼団体である一水会の招きにより、ジャン=マリー・ルペン党首(当時)とブルーノ・ゴルニッシュイギリス国民党の党員アダム・ウォーカーら、欧州8か国、9つの政党の代表などで構成された訪日団が合同で靖国神社に参拝した[21][22][23]

同日、中国国営通信の新華社は靖国神社を参拝した欧州各国の政党訪日団に対して批判する論評を配信した[24]

脚注[編集]

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  1. ^ “仏右派政党、三女のマリーヌ新党首選出 大統領選に照準”. 朝日新聞. (2011年1月16日). http://www.asahi.com/international/update/0116/TKY201101160279.html 2011年1月17日閲覧。 
  2. ^ “Biz活 - 仏大統領選で右派候補が躍進した理由は?”. 読売新聞. (2012年4月28日). http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/qaworld/20120427-OYT8T00308.htm 2012年4月28日閲覧。 
  3. ^ “仏総選挙、左派与党・社会党が単独過半数-オランド政権に安定基盤 – 右派、14年ぶり下院議席-ルペン党首は落選”. 世界日報 (日本). (2012年6月19日). http://www.worldtimes.co.jp/today/kokunai/120619-4.html 2013年7月28日閲覧。 
  4. ^ “フランス“極右”支持率トップに イメージ転換奏功、地方選勝利+”. 産経新聞. (2013年10月20日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/131020/erp13102023240005-n1.htm 2013年10月31日閲覧。 
  5. ^ “アラン・ドロンさん、ミスコン審査名誉会長辞任”. 読売新聞. (2013年10月20日). http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news2/20131020-OYT8T00251.htm 2014年2月14日閲覧。 
  6. ^ “仏統一地方選第1回投票で極右が躍進、オランド大統領の左派連合苦戦”. ロイター. (2014年3月24日). http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYEA2N02320140324 2014年3月24日閲覧。 
  7. ^ “仏地方選挙、極右政党が躍進 オランド政権に大きな打撃”. 産経新聞. (2014年3月25日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/140325/erp14032501340000-n1.htm 2014年3月25日閲覧。 
  8. ^ Partir ou rester ? Les artistes divisés face au FN”. 2014年3月31日閲覧。
  9. ^ オランド与党大敗 仏統一地方選 極右勢力躍進”. 東京新聞. 2014年3月31日閲覧。
  10. ^ “欧州議会選で極右政党躍進 仏首相が「地震」と危機感”. CNN. (2014年5月26日). http://www.cnn.co.jp/world/35048444.html?tag=top;topStories 2014年5月26日閲覧。 
  11. ^ “仏大統領が緊急会議を招集 極右の圧勝受け 「一大事件だ」”. 産経新聞. (2014年5月26日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/140526/erp14052612590009-n1.htm 2014年5月26日閲覧。 
  12. ^ “仏右翼国民戦線の党首、前党首の父親に引退勧告”. 朝日新聞. (2015年4月11日). http://www.asahi.com/articles/ASH4B15L3H49UHBI02G.html 2015年4月11日閲覧。 
  13. ^ - 産経ニュース “仏「国民戦線」、創設者のジャンマリ・ルペン氏の党員資格停止”. 産経新聞. (2015年5月5日). http://www.sankei.com/world/news/150505/wor1505050047-n1.html - 産経ニュース 2015年12月15日閲覧。 
  14. ^ “フランス地方選、極右政党の国民戦線が大きく躍進-第1回投票 (1)”. ブルームバーグ. (2015年12月7日). http://www.bloomberg.co.jp/bb/newsarchive/NYYFE26K50XX01.html 2015年12月8日閲覧。 
  15. ^ “欧州、広がる極右支持 テロ不安取り込む”. 日本経済新聞. (2015年12月8日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM07H6D_X01C15A2EA2000/ 2015年12月8日閲覧。 
  16. ^ . 毎日新聞. (2015年12月14日). http://mainichi.jp/articles/20151215/k00/00m/030/089000c=極右、第1党逃す 与党の戦略奏功 2015年12月15日閲覧。 
  17. ^ a b c It’s the End of French Socialism as We Know ItR. Zaretsky, Foreign Policy, 8 Apr 2015
  18. ^ a b c Euro regime is working like a charm for France's Marine Le PenA. Evans-Pritchard, The Daily Telegrpah, 7 Dec 2015
  19. ^ a b c What does France’s National Front stand for?France 24, 28 May 2014
  20. ^ “仏州議会選、極右「国民戦線」トップに”. 英国放送協会. (2015年12月7日). http://www.bbc.com/japanese/35023716 2015年12月7日閲覧。 
  21. ^ 欧州の極右政党代表団が靖国神社を参拝 - ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
  22. ^ 仏・極右政党党首ら、靖国神社を参拝 - TBS News-i Youtube公式動画
  23. ^ 「世界平和をもたらす愛国者の集い」開催!! - 一水会活動最新情報!
  24. ^ 「ファシズムの宣伝」と批判=欧州極右政治家の靖国参拝に-新華社 - 時事通信

参考文献[編集]

外部リンク[編集]