国安修二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
国安修二
基本情報
出生名 国安修次
出生 1958年8月6日(55歳)
出身地 日本の旗 日本, 千葉県
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター
作曲家
歌手
担当楽器 ボーカル
活動期間 1981年 -
レーベル CBSソニー→ソニーレコード
事務所 ヤングジャパングループ(当初)
ハートランド(1994年まで)
公式サイト 旅の続き…

国安 修二(くにやす しゅうじ、本名:国安 修次1958年8月6日 - )は、千葉県香取郡多古町出身の日本の男性シンガーソングライター作曲家実業家

概歴[編集]

1978年に地元で結成したフォークデュオ「TAKE ONE」として千葉音楽祭で入賞し、東京都内の大学在学中の1981年にメンバーを追加してグループとした「RAIN」でテイチクからレコードデビュー。高校卒業後デビューするまでの約2年間は新聞奨学生として銀座新聞販売店で働いていた。
グループ解散後の1983年に須藤晃プロデュースでCBSソニーからソロデビュー。 初期はバラード調の曲に、主人公が経験した淡い恋を大学生活と絡めながら振り返り葛藤する歌詞を乗せた作品が多く、学園ソングの様相を伺わせていた。なお、これらの殆どの歌詞は本人の経験を基に田口俊が作詞している。1986年1月には芸能プロモーター鈴置雄三(→ハイヤングKYOTO)によって、コンサート会場の穴埋めのために急遽結成したソロ歌手3人組ユニットのパフォーマンスから「GAN-BA-RUNDA CLUB」名義でのレコードリリースも行った。ソロの代表曲は1985年に発表した「ねぇ」。

「ねぇ」は1990年後半に大阪の酒場口コミによって評判となり、その界隈から大阪有線放送へのリクエストが積もり上がり首位を獲得。飛び火する形で1991年から全国各地の有線放送でもヘビーローテーションされ、同年8月にシングルで原盤を再発売するとスマッシュヒットを記録。1992年12月にはドラマ主題歌としてタイアップしたセルフカバー版を発売し、ロングセールスを記録。 演歌ではないJ-POPが口コミと有線放送から浸透してヒットが形成される事は、当時の音楽業界においては珍しい事例であった。
この頃に第一興商レーザーディスクカラオケ用に本人出演によるカラオケ映像が撮影され、2004年以降、BBサイバーDAMLIVE DAMで同曲(通常)を選曲すると、レーザーディスク版の映像が本人出演映像としてストリーミング配信により再生される。

1994年のシングル発売を以てアーティスト活動から退き、ソニーミュージックグループの音楽出版関係会社でディレクター社員として勤務。2006年4月実施のソニーミュージックグループの事業再編を機に前年に脱サラし、2006年10月に「フォーク居酒屋 HIT STUDIO 70's 旅のつづき…」を開店。

2010年に石原詢子とのデュエットセルフカバーした「何も始まらないなら」をリリースした。 また、ジェロや黒木憲ジュニアなどにも曲を提供している。 ライブ活動なども活発。

2011年には、初の著書であるギター教則&エッセイ「国安修二のもう一度ギターを手に取れ!」を発売した。

1980年代を中心に同じくシンガーソングライター・作曲家として活動した国安わたるは2歳下の弟で、現在は「旅のつづき…」のマスターを務めている。

フォーク居酒屋 HIT STUDIO 70's 旅のつづき…[編集]

国安修二が企画したライブハウスバーの店。
第一興商がスポンサーとなり、同社が経営する「ビッグエコー 上野広小路店」が入居するビル(同駅近くの中央通り沿い)に所在する。

この店は基本的にプロミュージシャンのライブを開催するのではなく、来店客がステージに上がり、好きな楽曲を自ら演奏・歌唱することができる事を売りとしている。そのため、アマチュアフォークバンド経験者やその愛好家らが多く来店している。観覧のみも可能だが、テーブルチャージの負担額は同一である。

また、第一興商スターカラオケ関係のオーディション・イベント会場としても使われている。

開店に際しては国安修二本人が銀行から3000万円の融資を受けたが、まもなく完済する見通しであることが2011年2月の日刊ゲンダイ誌面で取り上げられている。

ディスコグラフィー[編集]

シングル[編集]

ソロ(ソニーレコード)

EPレコード

  • 「れいこ」(1983年12月)
  • 「僕たちの失敗」(1984年)
  • 「ねぇ」(1985年4月)
タイアップ:三貴「ブティックJOY」TVCM

CDシングル8センチCD

  • 「ねぇ」(1991年8月)
タイアップ:フジテレビ系「おめざめ天気予報」(ヘビーローテーション
  • 「ねぇ-Remake Version-」(1992年12月)
タイアップ:読売テレビ日本テレビ系「ドラマシティ'92」主題歌
  • 「夢の形」(1993年9月)
  • 「何も始まらないから」(1994年10月)

マキシシングル

  • 「何も始まらないから」(2010年10月 石原じゅんこ&国安修二名義、ソニーミュージック)
石原詢子とのデュエットによるセルフカバー。
RAIN

メンバー:徳留修・国安修二・津村満

  • 「雨上がりの風景」(1981年テイチク)
  • 「雪」(1981年テイチク)- 2010年に松原健之がカバー。
  • 「針のない時計」(1982年CBSソニー)
GAN-BA-RUNDA CLUB(ガンバルンダ クラブ)

メンバー:みのや雅彦宇佐元恭一・国安修二

  • 「ALL We Need Is Love」(1986年8月、CBSソニー)

アルバム[編集]

ソロ
ソロシングル全曲と一部のアルバム曲を収録。ジャケットの写真は香西かおりによるもの。録りおろし新曲「RESET」(作詞:しのざきあん)を収録。
GAN-BA-RUNDA CLUB
  • 「HARMONY」(1986年11月)

提供楽曲[編集]

  • 「STORY 君に逢うための」美木良介(1997年)
  • 「いのちの芽」磯崎美代(2004年)
  • 「明日葉の唄」美希かおり(2010年)
  • 「逢いたい、今すぐあなたに…。」石原詢子(2011年)
  • 「火焔樹」ジェロ(2011年)
  • 「変わらぬ笑顔にありがとう」黒木憲ジュニア(2012年)
  • 「雨夜の月」香西かおり(2012年)
  • 「あ・いた」ジェロ(2013年)

著書[編集]

  • 「国安修二のもう一度ギターを手に取れ~“F”なしでも弾ける!簡単、カッコイイ!ギターの楽しみ方」(2011年12月発行/マガジンランド)

参考文献[編集]

  • 毎日新聞東京本社1992年11月19日夕刊芸能面「廃盤の曲が劇的復活 国安修二が歌う『ねぇ』、大阪有線放送で人気上昇」
  • 「国安修二 ゴールデン☆ベスト」ライナーノーツ
  • 日刊ゲンダイ2011年2月25日「【あの人は今こうしている】銀行から3000万円借りて、フォーク居酒屋をつくった」[1]

関連項目[編集]

提供した作詞家

外部リンク[編集]