国会議事堂 (ハンガリー)

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Hungarian Parliament Building
Országház
Parliament of Hungary November 2017.jpg
The main façade as seen from the Danube
概要
用途 議事堂
建築様式 Gothic Revival, baroque, renaissance
所在地 Budapest, Hungary
座標 北緯47度30分25秒 東経19度02分44秒 / 北緯47.50694度 東経19.04556度 / 47.50694; 19.04556座標: 北緯47度30分25秒 東経19度02分44秒 / 北緯47.50694度 東経19.04556度 / 47.50694; 19.04556
入居者 国会
起工 1885
完成 1904
高さ 96 m (315 ft)
寸法
他の寸法 Width: 123 m (404 ft)
Length: 268 m (879 ft)
技術的詳細
階数 4
床面積 18,000 m2 (193,800 sq ft)
エレベーター数 13
設計・建設
建築家 Imre Steindl
その他の情報
部屋数 691
ウェブサイト
www.latogatokozpont.parlament.hu
脚注
[1][2][3][4]
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国会議事堂(こっかいぎじどう、ハンガリー語: Országház [ˈorsɑ̈ːkhɑ̈ːz] 翻字はオルサーグハーズ、実際の発音はオルサークハーズ)は、ハンガリー立法府である国会議事堂。首都ブダペストドナウ川岸辺、コシュート・ラヨシュ広場に位置する。ハンガリー国内で最も大きな建築物であり、ヨーロッパで二番目、世界で三番目に大きな国会議事堂である(hu)。

概要[編集]

1867年ハプスブルク帝国の支配下にあったハンガリー王国は、アウスグライヒによりオーストリア=ハンガリー君主国となり、オーストリア帝国と対等の国家連合を形成することになった。(元首が国王のハンガリー王国と元首が皇帝のオーストリア帝国の国家連合なのでオーストリア=ハンガリー君主国。)ハンガリー王国政府は、1873年ブダオーブダペシュトの3市を合併してブダペシュト市(日本では英語からブダペスト市として定着)を作り、ここを首都と定める。7年後の1880年に国会は、国の独立を示す、新しくて国を代表するような国会議事堂の建設を決議。コンペティションが公布され、シュテインドル・イムレ (Steindl Imre [ˈʃtɛindl ˌimrɛ]) (hu) に任されることとなった。ほか2人の案も採用され、それぞれ民族博物館と農業博物館の建設を任された。

1885年に建設が始まり、1896年には征服定住千年祭[5]が開始され、1904年に完成。シュテインドルは完成を見ることなく、1902年に亡くなっている。国会議事堂の建設にはおよそ1000人が従事し、4000万個のレンガ、50万の宝石と40kgの金が使われた。

第二次世界大戦後の社会主義体制から体制転換する前年の1989年10月23日、この国会議事堂で国号を「ハンガリー人民共和国」から「ハンガリー共和国」へ改称することが宣言された。

特徴[編集]

ウェストミンスター宮殿同様、ゴシック・リヴァイヴァル建築である。左右対称のファサード、そして中央にドームがある。

建物長268m、建物幅123m。内部には、10の中庭、13の乗客兼貨物用エレベーター、27の門、29の階段室、691の部屋がある。建物高は96mと、聖イシュトヴァーン大聖堂とともに、ブダペストで最も高い建物である。この「96」という数字は1896年の征服定住1000年目を、そしてアールパード朝初代の君主アールパードカルパチア盆地征服定住の年、896年にも因んでいる。

内外の壁には、全部で242体の彫刻が施されている。ファサードの上部には、歴代のハンガリー統治者、トランシルヴァニアの統治者、及び有名な軍人たちの彫像がある。窓の上部には王侯貴族の紋章が描かれている。正面玄関は東側にある階段で、2頭のライオンの像が並んでいる。

ハンガリー王が代々受け継いできた、聖イシュトヴァーンの王冠と宝珠や宝剣、王杓などの戴冠式用の品がこの議事堂内で保管展示されている。議会が開かれていない日に限り、専門ガイドによる見学ツアーで議事堂内の見学ができる。見学ツアーに参加した観光客は、豪奢な装飾が施された大階段を登り、天井に描かれたフレスコ画を仰ぎ、壁がんにあるシュテインドル・イムレの胸像の前を通過する。ここにはほかに、アールパードやイシュトヴァーン1世フニャディ・ヤーノシュの像もある。国会議事堂の中で最も有名なものの1つが16角形の形をした議場であり、衆議院下院)(今日ではここで国会が開かれる)、貴族院上院)(1945年まで存在。現在のハンガリーは衆議院のみの一院制である)などたくさんの部屋と隣接している。ロート・ミクシャ(Róth Miksa [ˈroːt ˌmikʃɒ])によるステンドグラスとガラスのモザイク絵もまた、特徴の1つとして数えられている。

あまりにも広大で、繊細な手仕事で作られた建物のため、常に建物のどこかで補修工事が行われている状態にある。

脚注[編集]

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  1. ^ Béni, Alexandra (2017年6月13日). “10+1 things you didn't know about the Hungarian Parliament”. Daily News Hungary. Daily News Hungary. 2021年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月29日閲覧。
  2. ^ Parliament”. Budapest Info. Budapest Info (n.d.). 2021年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月29日閲覧。
  3. ^ Kay, Nathan (2019年1月3日). “The secrets and symbols of Hungary's Parliament building”. CNN Travel. CNN. 2021年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月29日閲覧。
  4. ^ The House of Parliament”. House of Parliament Visitor Center. Hungarian National Assembly (n.d.). 2019年5月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月29日閲覧。
  5. ^ 896年マジャル人(ハンガリー人)のカルパチア盆地への征服定住が完了した。1896年はハンガリー人がカルパチア盆地を征服し、そこに定住してからの千年祭を祝うものであった。日本ではしばしば「建国千年祭」と語訳されるが、ハンガリー王国の初代国王のイシュトヴァーン1世が戴冠し、ハンガリー王国が成立したのが1000年12月25日または1001年1月1日だったので、2000年に「建国千年祭」が祝われている。

ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]