囲魏救趙

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囲魏救趙(いぎきゅうちょう、魏を囲んで趙を救う)は、兵法三十六計の第二計にあたる戦術。

本文[編集]

共敵不如分敵 敵陽不如敵陰

敵を集中させるよう仕向けるよりも、敵を分散させるよう仕向けるのがよい。

敵の正面に攻撃を加えるよりも、敵の隠している弱点を攻撃するのがよい。

按語・事例[編集]

戦国時代中国で、当時強盛を誇った覇権国家・と戦った際に、趙は次第に追い詰められ、ついに魏軍に都の邯鄲を包囲されてしまった。趙は同盟国のに援軍を求め、斉の威王はすぐさま田忌中国語版孫臏と共に派遣して趙を救援させた。だが、孫臏は邯鄲に向かおうとする田忌を途中で留めてこう言った。

「絡まった糸を解くときには無理に引っ張らないほうが良い。闘いから救おうとするなら直接加わってはいけない。要所を突き、虚を突いて、形勢を崩してやれば、糸はおのずから解けていくものだ」

孫臏は魏本国を攻め都の大梁を包囲することで、魏軍を趙から撤退させ、引き返して来た魏軍を桂陵の戦い中国語版で大破して趙を救った。

このように、敵を一箇所に集中させず、奔走させて疲れさせてから撃破する戦術を囲魏救趙の計と呼ぶ。

出典は『史記』「孫子呉起列伝」。